black cat photo

 

 

 

和泉弐式『黒猫シャーロック ~緋色の肉球~』を読了。前回の記事にも書いたとおり先日の旅行用にと『サヨナラ、おかえり。』と一緒に購入した1冊です。猫島に行く予定だったので猫の小説を、と手にとったものの、結局フェリーの都合で猫島には行けず活字の猫を堪能するだけになってしまったけれどシャーロックがイケメンでアイリーンが美しかったから許した。

 

 

 

黒猫は探偵の象徴

大学生になって、アパート「Bコーポ」二○一号室で一人暮らしをはじめた僕は、入学式の日、彼と出会った。パイプのように曲がったシッポをもつ、真っ黒な毛並みの猫。孤高を愛し、クラシック音楽に浸り、ときどきコカイン(マタタビ)もたしなむ彼こそ、天才的な観察眼と推理力で難事件を解決する猫の探偵――シャーロック。これは、そんな猫の彼と人間の僕が、まるでホームズとワトソンのような絶妙なコンビネーションで奇妙な謎に挑む、風変わりなミステリーだ。

 

※あらすじはメディアワークス文庫HP(http://mwbunko.com/978-4-04-893288-2/)から引用しました。

作者もあとがきで述べているとおり本作はシャーロック・ホームズのオマージュ。といっても、そちら未読の私でも充分に楽しめたので未読・既読またはシャーロキアンでもそうでなくても関係なく手を伸ばせそうだ。「シャーロキアン」って言ってみたかっただけだ。格好いい。

 

ただ、〈猫社会〉という枠組みの中で展開するためか事件のあらましにいまひとつパンチがなく、ミステリー小説というよりはシャーロックをはじめとした魅力的な猫たちを愛でるだとか綿貫くんを通してペットとの向きあいかたを考えるだとか、そういった点を重視したほうが後腐れがない。実例を挙げると私の場合は「ボス猫の醜聞」と「三毛組合」はだいぶ序盤で勘づきました。

 

ヒロイン・涼川のキャラクターや背後にあるもの、その後の進展もベタなのが少々冷めるポイントではあるけれど涼川はビジュアルを差し引いても良いヤツなので、仕方ない、そこは大目に見よう。猫に引っかかれてうっとりするところ最高に変態でよかった。

 

 

 

 

暇つぶしはニャン(難)事件

第一話 緋色の肉球

大学の入学式に向かう途中で出会った怪我をしたブチ猫。けれど亡き愛猫のことを忘れたい一心で関わることを避けてしまった綿貫。思いなおして戻ってみると、あのブチ猫は忽然と姿を消し、かわりに、そこには1匹の黒猫がいた――。

本編の主題はあくまで怪我をしたブチ猫の行方のほうなんだけど、並行して暴かれる綿貫くんの亡き愛猫・ミケの死と「猫は死に目を見せない」という言葉の真相がたまらなくて…!

 

最後、綿貫くんはミケの墓の前で猫の鳴き声を聞いたようだけど、彼にはそれが言葉に聞こえていたのか、文章では語られていない。だけど読者が追及するのは野暮ってもんだ。彼と彼女だけの秘密であっていいのだと思う。ぽかぽかした日の、あたたかな秘密で。

 

 

 

第二話 四つの鳴き声

かの聡明な黒猫に1匹の猫から相談が舞いこんできた。猫サークルの活動についていった彼女はそこで“4つの鳴き声”を聞いたという。誰もいない雑木林の中で――。姿なき声は猫の亡霊によるものなのか。綿貫は黒猫とともに猫サークルのメンバー、清水、雨宮、涼川から話を聞く。

私が在学していた大学にも猫サークルあったなぁ。ときたま学内で猫と触れあっているのを目撃したけど、あのサークルも速水さんたちのような活動をしていたのだろうか。

 

猫サークルとしての活動は素晴らしいけれど、事件の真相については曇天のようなどんよりとした後味の悪さ。陰湿すぎるし手段も適切じゃない。猫だってもっと堂々と声をあげるぞ。綿貫くんが言い返してくれたのと涼川があとでちゃんと感情的になってくれたのが救いだった。

 

 

 

第三話 ボス猫の醜聞

「俺が惚れた女を探してくれ!」
黒猫シャーロック(綿貫命名)の今度の“暇つぶし”は行方不明の美女(猫)探し。恋に悩めるボス猫は、はたして女に逃げられたのか、それとも彼女の身になにかあったのか。

個人的には本作で一番好きなおはなし。ボス猫・トラとアイリーンの関係が美しくて。これが大人の恋というものか。アイリーンは冷たい女のように写るかもしれないけど、失うものは少なくないし、彼女の決断だって簡単にできるものじゃない。彼女のこと、どうか嫌いにならないであげてください。

 

ところで読書メーターでも見かけた感想だけど、この真相は現実的にありうるものなんだろうか。私が当事者だったらあんなふうにあっさりとは退けないのだが。

 

 

 

第四話 三毛組合

友人・小長井が1週間前に駅でもらったという「キャリコ・リーグ」を名乗る怪しげな動物愛護団体のチラシ。三毛猫を保護するというその団体の審査官は綿貫が住むアパートの大家・鳩村夫人が偶然保護した仔猫の三毛猫を100万円で引き取ると言いだしたそうだが――。

マタタビをたしなむシャーロックに笑ってしまった。かわいい。

 

猫に詳しい人ならおそらく早い段階で察せる内容ではありますが、P220のシャーロックの言葉には考えさせられたし、P227の綿貫くんの言葉にもグッときた。

 

私事ですが来月末に引越しを控えていて、犬と猫を飼っているので当然彼らも新しい環境に身を投じさせることになり…人間の都合で少なからず負担をかけてしまうこと、読んでいて、胸が痛くなりました。慣れるまでは責任をもってサポートせねば。

 

 

 

第五話 黒猫失踪事件

小長井がバイト先で見かけたという風邪を引いた様子の猫。そういえば先週ぐらいからシャーロックの姿を見かけていない…。猫20匹あまりを引き連れ捜索するも、ようやく見つけたシャーロックは「放っておいてくれ」となんだか様子がおかしくて――。

もはやミステリー関係なくなった感あったけど最後4行が爽やかで胸熱で男の友情を感じて筆舌に尽くしがたかったので全部許した。よきかな。

 

終盤にはこれまでに関わってきた猫たちが集結してシャーロック捜索に協力してくれる、という展開があるのですが「緋色の肉球」に登場したブチ猫(ロロ)だけいかんせん他の話に絡んでこなかったものだからイマイチ感動がなかったというのが惜しい点でしょうか。

 

 

 

神「ドイルを読め」

旅先でサクッと読む用だから、と表紙に一目惚れして手を伸ばした作品でしたが、ほこほこしたおはなしでよかったです。続編が出るようだったら読みたい。

 

本家シャーロック・ホームズに興味がわいたのも大きな収穫。前にブラッドフォード・モロー『古書贋作師』(谷泰子/訳)を読んだときもドイル作品に興味がわきつつ結局今の今まで読まずにいたのでこれを機に一度ちゃんと読んでみようかな。まずは本作の各話タイトルの元ネタから。作者のおすすめは『赤毛組合』だっけ。

 

前回の記事で牧野修『サヨナラ、おかえり。』収録の「プリンとペットショップボーイ」が本作に似ているなんて話をしたけれど(猫の幽霊が見えて声が聞こえる/猫の言葉を正確に理解できる主人公と猫の相棒という構図)、改めてふりかえってみると「夏休みを終わらせない方法」でもドイルが“妖精の写真”に騙されたという有名な逸話が出てくるのを思いだして、たまたま選んだ2冊の本の意外なつながりに運命めいたものを感じました。偶然ってすごい。

 

ドイルを読め…ホームズを読むのだ…と神から告げられている気がするのでとりあえず『赤毛組合』読みます。

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
小説を書いたり、読んだ小説についてあれこれ考察をするのが趣味です。雑食のつもりですが、ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれがち。小説の他に哲学、心理学、美術、異形や神話などの学術本も読みます。