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小川糸『サーカスの夜に』を読了。去年の夏頃…たしか旅行の直前、道中で読むのに『黒猫シャーロック ~緋色の肉球~』とか『サヨナラ、おかえり。』を買ったときに一度出会っていて、そのときは、今までに読んだことのない作家だから、とか、あらすじを読んだ感じ自分には合わなそう、とか理由をつけて避けてしまったのだけれど、このあいだ東京の丸善で再会していよいよ読む決心がつきました。前回の記事にも書きましたがこういう再会は信用することにしているんです。結果、去年これを避けたという私をぶっとばしたい。信じられない。ド名作だぞ!

 

 

 

レインボーサーカスへ、ようこそ!

両親の離婚でひとりぼっちになった少年は、13歳の誕生日を迎え、憧れのサーカス団・レインボーサーカスに飛び込んだ。ハイヒールで綱の上を歩く元男性の美人綱渡り師、残り物をとびきり美味しい料理に変える名コック、空中ブランコで空を飛ぶ古参ペンギンと、個性豊かな団員達に囲まれて、体の小さな少年は自分の居場所を見つけていく。不自由な世界で自由に生きるための、道標(みちしるべ)となる物語。

 

※あらすじは新潮社から引用しました。
http://www.shinchosha.co.jp/book/138342/

「レインボーサーカスへ、ようこそ!」

(P21/L2より引用)

 

主人公の背景については必要最低限の情報だけを与えつつ、憧れのサーカスの世界に飛びこむために旅立った、というキリのいいスタート。冒頭からするりと作品の世界へ入りこめるなめらかな文章と読者を歓迎するような空気に「これはきっと素敵な物語だぞ」という予感があった。団長やコックといったレインボーサーカスの仲間たちや「団員たちは自分のソウルフードをニックネームにしておたがいに呼びあっている」といった設定はどれをとってもチャーミングだし、彼らのそばで“少年”である時期を誠実に過ごした〈僕〉の心模様も瑞々しくて、読んでいるあいだは時間が経つのがあっというまでした。喫茶店で読みはじめたのだけど、3時間、夢中で読んじゃった。しばらくしてふたたび本を開いたときにまた2時間ほど読みふけっていつのまにか読了している。劇的な展開があるわけではないのにとにかくつづきが気になってしまうんだよなぁ。

 

 

 

サーカスは本当に“非現実的”な世界なのか?

実際に見たのは子供の頃に数回きりなのに、いや、かえってその希少性が拍車をかけているのかもしれない。私はどうも「サーカス」という言葉にめっぽう弱いようで、音楽や小説のモチーフに使われていると、ついつい食指が動く。これはサーカスがもつ非現実的で幻想的な雰囲気に由来するものなんだろうな、と、今までは思っていました。

 

だけど本書はどうだろう。華やかできらびやかなステージの描写は多くない。むしろレインボーサーカスの一員となった〈僕〉が見る景色は、トイレ掃除だったり、料理の支度だったり、団員同士の家庭や絆だったり、ひどく現実的な側面ばかり。「非現実的」で「幻想的」な世界とはとてもいいがたい。――なのに、その日常にたまらなく惹かれる。

 

サーカスはすべてが呼吸であり、リズムである。そのことに気付いたのは、ジャグリングをするようになってからだ。ある時、すべての行為がジャグリングなのだと神から啓示を受けたみたいに気がついた。

 

トイレ掃除、厨房の手伝い、切符のもぎり、赤ん坊のお守り。すべてが、見えない糸で繋がっている。一日という時間の中、もっとも効率のよい流れでそれらを淡々と無駄なくこなす。まるで、いくつものボールを規則正しく放り投げては、またこの手で受け取るように。必ず、美しい放物線を描くポイントというものが存在する。ひとたびその起動に入ってしまえば、難しいことは何もない。それぞれの雑務も、ジャグリングと同じように、僕の手の中を規則正しく往来する。

(P207/L2~10より引用)

 

排泄、食事、人との関わり、死と背中あわせだからこそ忘れてはいけない「恐怖」の感情。ああそうか。非現実的で幻想的なんて嘘だ。この作品には、サーカスには、人生の基礎がすべて詰まっている。私は、超人的なパフォーマンスにコーティングされたその奥にはっきり存在する現実に、本当は惹かれていたのかもしれない。

 

十人十色さ。だから少年も、少年にしかできない芸を開拓していくんだな。こうして練習しているうちに、だんだん自分の型みたいなものが見えてくるから。

(P261/L10~12より引用)

 

サーカスが現実なら現実もまたサーカス。晴れの大舞台がいつ訪れるかはわからないけれど、他でもない「自分」という特別な観客のために、私もパフォーマンス=紡がれる未来への練習や努力を怠ってはいけないな。焦らず、楽しく、じっくり“練習”しよう。

 

 

 

今読んだら「キュリオス」が観たくなるから気をつけろ!

同じくサーカスを扱った紅玉いづき『ブランコ乗りのサン=テグジュペリ』を彷彿とさせ、なおかつそれとは対称的なテイストが味わえるとびっきり素敵な作品でした。2018年がはじまってまだ11日しか経っていないのにさっそく大好きな作品が1つ増えちゃったな。やはりサーカスはいいものだ。

 

相乗効果でもともとテレビCMで見かけて気になっていたシルク・ドゥ・ソレイユの「キュリオス」がなおさら気になってきました。観たい…けど超人的な技の数々を見せられて客席で「危ない!(チラッ)ひぇぇぇ!」とヒヤヒヤわちゃわちゃしてしまいそうで行くのはためらわれる。チケット高級品だし。んむむむ。

 

だけど記事に書くため公式の紹介動画を見に行ったらやはり最高でした。気になるぅ!

 

参考:

ダイハツ キュリオス 日本公演〈オフィシャルサイト〉
http://www.kurios.jp/index.html

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
小説を書いたり、読んだ小説についてあれこれ考察をするのが趣味です。雑食のつもりですが、ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれがち。小説の他に哲学、心理学、美術、異形や神話などの学術本も読みます。