※注意※

 

本記事では
ジョナサン・オージェ『夜の庭師』を独自に考察/解釈しています。

 

作品の結末等ネタバレになることは書いてありませんが
具体的なページ表記があるなど既読を前提に書かれておりますので
作品既読の方またはこれを承諾する未読の方が読むことを推奨します。

 

また、
本記事に記載される考察はあくまで筆者個人の意見です。
考えかたの1つとして気楽に読んでいただければ幸いです。

 

上記に同意していただける方のみ続きをお読みください。

 

 

 

〈夜の庭師〉は「ものたりない」敵?


 

前回『夜の庭師』の感想を書くにあたって
他の読者の感想や書評をいくつか参考に読んでみたら、
意外にも「〈夜の庭師〉の描写がものたりない」という感想が多かった。

 

たった2ページほどの物語。
勇敢な子供たちに立ちはだかるおそろしい敵を語るうえでは
たしかにあまりに短い、小さな、“伝説”だったかもしれない。

 

しかし後世に残されたわずかな言葉を紐解いてみると、
不気味で異様な彼の背後からなにか違和感が見えてくる――。

 

今回は〈夜の庭師〉像を考えることで、
彼とその物語が「物足りない」で終わらないように、
作品を思いかえすときのなにか参考になればと願いつつ考察を書いてみました。

 

 

 

語られた物語 語られなかった孤独


 

まずは今一度、
ヘスターが語った“伝説”を整理してみましょう。

 

 

 

むかしむかし、あるところに庭造りが好きな賢人がいた。

 

男の育てる植物は満月に花開くので、
人々は彼を〈夜の庭師〉と呼ぶようになった。

 

男はその庭を愛し、草花を我が子のように、大切に育てた。

 

ある日、庭にある幼い木が生まれた。
その木は自分の意志をもち、また、人が望むものをなんでも授けた。
その見返りに木は相手の魂を1滴要求した。

 

男はこんな日々が永遠に続くようにと
木に「永遠に死なないこと」を望んだ。
木はそれなら「わたしが大きくなるのを助けておくれ」と答えた。

 

男が木の世話をして、
木が人々の望みを叶えてやり、
やがて他の草花はみんな枯れて男に最期のときが訪れると、
「わたしはあんたの望みをかなえてあげられるほど大きく育った」
そう言いながら幹に大きな口が開き――男を呑みこんでしまった。

 

 

 

以上、〈夜の庭師〉の“伝説”をかいつまんで紹介しました。

 

注目したいのは4段落目。
男がなぜ「永遠に死なないこと」を望んだのか、という点。

 

男の願いごとはこうだった――
わたしはひとが望むものならなんでも持っている。
頭上に星々をいただき、足もとには大地があり、我が子たちはすくすく育っている。
わたしはこれが永遠につづくことを願う。
花が種子をつけるように、わたしは永遠に死なないことを望む。

(P262/L1~3より引用)

 

「ひとが望むものならなんでも持っている」
これは優越感から出た言葉なのだろうか。
「自分」ではなく「人」と表現した裏に彼の孤独が透けて見えるような気がする。

 

己の欲望だけで木を育てていたのなら、
ウィンザー家の人々がそうしたように
独占欲から他人を木に近寄らせはしなかったはずだ。

 

ところが彼は
「人々の望みを叶える木」の世話をしている。
他人の願いが叶うのもまた良しと捉えている、ということ。

 

これが永遠に続くことを願う。
それはすなわち、自分がいて、木がいて、人がいて――。

 

木から、あるいは木によって救われる者たちから、
彼は自分の成果や価値を見出していたのではないだろうか。
間接的に、しかし積極的に、彼は人々と関わろうとしたのではないだろうか。

 

どんなに美しい花もいつかは枯れる。

 

植物を育てていた彼には、
生と死が、遺される者の孤独が、どんなものかきっと人一倍わかっている。

 

だから、孤独でないこと、
それが永遠であることに、強く惹かれてしまうのかもしれない。

 

 

 

これは彼が望んだ「永遠」だったのか


 

木と、人と、永遠に関わることを望んだ〈夜の庭師〉。

 

はたして彼は、
本当にただおそろしいだけの怪人だったのだろうか。

 

キップもまた、
物語の最後では釈然としない想いを抱えていたようだ。
ここでの姉弟のやりとりはとても優しくて胸が苦しい。

 

庭園のほかの植物は枯れてしまったのに、男は気にもしなかった。

(P263/L3~4より引用)

 

庭を愛していたはずなのに、
木以外の草花にまったく目もむけなくなってしまったとき、
きっと彼は人々が〈夜の庭師〉と呼んだ男ではなくなった。
彼が作中に一度も人間の言葉を発さ(せ)なかったのもそういうことだと解釈している。

 

人々におそれられ、
悪夢に苦しむ彼らの魂で生きていく。
これが本当に彼の望んだ「永遠」だったのだろうか。
硬貨や指輪と同じように、それは、その場しのぎのまやかしではないのか。

 

彼もまた、
おそろしい悪夢から解放されたひとりなのだと信じたい。

 

木から切りはなされた彼の魂の行く先が、
願わくば人々の笑顔と草花で輝く美しい世界でありますように。

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
小説を書いたり、読んだ小説についてあれこれ考察をするのが趣味です。雑食のつもりですが、ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれがち。小説の他に哲学、心理学、美術、異形や神話などの学術本も読みます。