銀南『こちら市役所市民課ヒーロー係です。』を読みました。先日、神保町の書店を何件かまわったのですがそのときに平積みで見つけて「気軽にサクサク読めそう」という理由で手にとりました。実際正味1日でサクサク読めたうえにほっこりもできたので存外によかったです。

 

 

 

萌える公務員ヒーロー!

東京都美守市。この町の市役所には変わった窓口がある。イベントでヒーローアクションをこなしつつ、ふだんは市民課の隅に窓口を設けて、市民の相談に耳を傾ける――それが「ヒーロー係」だ。とにかく前向きで元気な青空あおいと、無愛想でクールな相棒・高松幸之助。二人のもとには、近所迷惑な隣人に憤慨する主婦や、好きな相手の力になれず悩んでいる青年などが次々とやってくる。どんなささやかな相談事も大歓迎。いつでも全力で、あなたを笑顔にしてみせます。

 

出典:http://mwbunko.com/978-4-04-912045-5/

最初にひとつだけ訊いてもいい?

 

伸縮性のある真っ赤なボディスーツをまとうのが高松。そして、海を思わせる青いボディスーツをまとうのがあおいだ。

 

(P34/L3~4より引用)

 

高松さんが赤のボディスーツで〈ハッピーマン1号〉、あおいが青のボディスーツで〈ハッピーマン2号〉なんだよね?それで、ちょっとここで表紙を確認してほしいんだけど、

 

スカーフの色が逆じゃない?

 

本編に直接関係あるわけじゃないけどそのへん紛らわしかったなと思いました。それはさておき、公務員ヒーロー〈ハッピーマン〉としての職務をこよなく愛する元気な熱血漢(※女)あおいと、無愛想ながらも結局なんだかんだでそんなあおいをとなりで見守ってくれる甘党おにいさんこと高松さん、2人のキャラクターバランスにはなかなか萌えました。

 

個人的には第1章くらいの雰囲気で進んでほしかったんですけど、第2章、第3章は少しシリアスな雰囲気になってしまいましたね。とはいえアクションもあり、ほっこりもし、不覚にも泣いてしまうシーンもあり。読んでよかったです。

 

高松さんのヒーローに対する考えかたなど、過去になにかあったのかなと思わせつつ本編中明らかにはされなかったやや中途半端な部分もありますが、今のところ「もしかしたら続編の予定があるのかも」と好意的に捉えています。高松さん好きなので今後そのあたり明かされるようならまた読みたい。

 

 

 

人は誰しもハッピーマンだ

第一章 ヒーローと秘密の庭

美守市役所の市民課ヒーロー係で働くあおいは今日も〈ハッピーマン〉としてご当地ヒーローさながらのスーツアクションを舞台上で披露しつつ、一方、窓口では市民の相談事に耳を傾けている。あるとき「となりの家の犬がうるさくて迷惑している」と窓口へ相談に来た村田という女性のため、あおいは高松とともに北野という隣人の家を訪問するが――。

作中で一番好きなエピソード。いやはや、まさか泣くとは思わなかった。最近たまたま動物が出てくる小説を読むことが多くて確信しつつあるんだけどもしかすると私は動物の話にめっぽう弱いのでは?実物はどちらかというと苦手なほうなのにね。潔癖症と過敏な嗅覚が原因。私の話はどうでもいいんだよ。

 

みんなさ、姿形違えどつまるところやっぱり人間でさ。それぞれに大切なものがあって、その想いが、気持ちが、ときどき誰かとすれちがってしまうだけなんだよなぁ。守りたいという気持ちはもちろん素敵だ。だけどほんの少しだけ、相手にとってのその気持ちも考えること、想像すること、理解はできなくても受けとめようと耳を傾けることができればさ……、世界はもっと優しくなると思うんだ。

 

手を差しのべられたら素直に頼ればいいし、良心が突き動かされたら手を差しのべればいい。そうやってみんながちょっとずつ足りないところを補いあえたらいいのに、そこにつけこむ人もいるから、そこばかり悪目立ちしてみんながよそよそしくなっちゃうんだよね。千差万別。社会って難しい。だけどまぁ、少なくとも私は、せめて自分の生活に影響する範囲の世界ではそういう素直な人間でありたいなってこのおはなしを読んで思えました。ありがとうハッピーマン。

 

 

 

第二章 ヒーローと初恋

市役所近くのカレー屋で昼食を摂っていたところにあらわれた高松から「偽物が出た」と告げられたあおい。後日詳しい話を聞くと、どうやら先々週あたりからハッピーマンを真似した偽物“3号”の目撃情報があるらしい。己の掲げる正義のために次第に暴走をはじめる“3号”。あおいと高松はその正体を探るべくさっそく夜の町をならんで歩きはじめたのだが――。

露草さんやささくんなど、中学生のわりに言動があまりに子供っぽかった気がしないでもないのですが。根っからの悪人がいるわけではなく、みんながそれぞれの思う「幸せ」のために気持ちが暴走してしまった――というおはなしだったのでそこは少し救われました。

 

人間の厄介なところは、心のありようがみんな1人ひとり違うから、「幸せ」に定義がないところだよね。

 

けどな、お前のことを思う佐々木原や、こいつや、俺なんかは、今よりももっとお前に幸せになってほしいと思うんだ。お前の幸せを願うからこそ、許せないんだ。わかれとは言わない、受け入れろなんて言わない、恨んでも憎んでもいい。

 

(P138/L11~14より引用)

 

ネタバレになりかねない大事なシーンでの言葉なので一部を抜粋するに留めました。ごめんね高松さん。で、話は戻るけど、“3号”は自分の感情だけでそれを定義してしまったけれど、1号こと高松さんは人間の複雑な事情もわかったうえで、それでもこういうことをちゃんと口に出せるからこそ、尊敬できる。

 

ヒーローというのはひとたび「悪」とされるものに視点を変えてみれば一転して簡単に「悪」に翻ってしまうような存在で。だけど、それを認めてしまうのは、現実を知りすぎた大人たちのほうこそ難しい。己の正義を信じることは素敵なことだけど正義に溺れないように生きていきたいものですね。

 

 

 

第三章 ヒーローと夢を叶える男

「友達の夢を叶えてあげたいんです」5月に市役所前で行われた『皐月祭り』をきっかけに〈ハッピーマン〉を知ったという青年・森元智雄から窓口で相談を受けたあおい。なんでも、彼の友人・三河美奈は現在入院しており、病室には彼女の叶えたい夢が描かれた絵が山積みになっているらしい。あおいは、森元が美奈の行きたいところへ実際に赴き、自分が撮影、その動画を中継することで彼女の夢を叶えることを提案するが――。

「青空さん、僕は、三河さんの夢を、叶えてあげられたんでしょうか」

 

(P239/L11より引用)

 

小説ではよくある展開なので読んでいるうちにおおよそのストーリーラインは予測できてしまうのですが、大切なのはそこじゃなくて、森元くんと三河さん、2人の姿を見ていると、夢の叶えかたって「自力で叶える」の1パターンだけではないんだなって、叶えられないことの多い自分の人生をも肯定できて、優しい気持ちになれます。

 

愛。幸せ。夢。――きれいな言葉にはみんな形がなくて、画一的な定義もできないけれど、だからこそ、私たちがそれぞれ自分に合った形で受けとめることもできるわけで。

 

「すみません」を呑みこんで「ありがとうございました」が言えた森元くん。「私は本当に、浅はかです」と言ったあおいの素直さ。その素直さに光を与えてくれた高松さんの優しい言葉。それぞれの想いがグッとくるおはなしでした。

 

たとえ叶わなくてもちゃんと意味のある夢もある。夢を描いて抱く、もうその時点で、「夢」というのは役目を1つ果たしているのかもしれません。

 

 

 

冬に備えてほっこり小説

書店でたまたま見つけた1冊でしたが、気軽に読める物語の中に考えさせられるところもあって、思っていたよりも充実した読書になりました。主にあおいのお守りをする高松さんがGOODなのでぜひ続編を出してほしいところですが、シリアスになりすぎず、第1章くらいの親近感があるといいなと思っています。

 

本格的に寒くなってきて、そろそろ風邪も流行りだす季節です。元気がないときはぜひ本書をパラパラとめくってね、高松さんに萌えて、あおいに力をもらって、ときどき甘いものやあたたかいものでも食べて、ゆっくり心身を回復させましょう。

 

 

Ranking
Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
小説を書いたり、読んだ小説についてあれこれ考察をするのが趣味です。雑食のつもりですが、ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれがち。小説の他に哲学、心理学、美術、異形や神話などの学術本も読みます。