私の鼻は父譲りの団子鼻で、上から先端をつままれる程度なら普通に息ができるし、異常にやわらかい。

 

人の鼻をわざわざ触ろうとする人はまずいないので生まれてこのかたまったく披露される機会がなかったのだが、最近になって、ようやく友人のひとりがこれに気がついた。以来、友人はしょっちゅう私の鼻を触る。断りもなく。

 

先日、いつものように友人が団子鼻とたわむれはじめ、私はされるがままになっていた。友人の指がこしょこしょと鼻先を弾く。友人は楽しそうだがこちらはこのときめちゃくちゃ暇になるので、そのうちねむくなってきて、私は目をつむった。そのときだった。

 

「冒険とイマジネーションのにおいがする」

 

漫画なら「カッ!」という効果音がつく感じに刮目しながら言ったのは私だった。友人が驚いて手を離した。すかさず私はその手をつかんだ。

 

「え?」

 

困惑する友人を尻目にその手を嗅ぐ。待て、今たしかにしたんだ、まるで東京ディズニーシーにいるかのような……そう、あれは、

 

「キャラメルポップコーンのにおいだ」

 

私の鼻は団子鼻である他に、もうひとつ、人よりちょっと鼻が利くという特徴がある。電車でとなりに座った人が風邪を引いているかどうか一瞬でわかるこの嗅覚をもってすれば、においの発生源を探るなど容易い。私は友人の右手の1ヵ所を指さした。

 

「ここ」
「……本当だ!」

 

麻薬探知犬にでもなった気分だった。ところで、なんで友人の手からTDS、いや、キャラメルポップコーンのにおいがするの?友人のそれまでの行動をふりかえってみても、もちろん、キャラメルポップコーンは食べていない。

 

「においが移った」
「え?」
「人差し指と中指のあいだに移動した」
「なんで?」

 

友人の手をクンクン嗅ぎながら最初に考えたのは病気の可能性だった。なにかの病気の予兆なんだろうか。スマホで検索してみるか?めっちゃいいにおいする。目つむって嗅ぐと完全にTDS。おなか減ってきた。

 

「ポップコーンバケツ……」
「なんて?」

 

待てよ、本当にこれはキャラメルポップコーンのにおいか?よく嗅いでみろ、これはキャラメルというよりカラメルのような……なにかを焦がしたような、そういうにおいじゃないか?

 

脳裏に閃光が走った。

 

「あ、glo(電子タバコ)のにおいだわこれ」

 

友人はタバコを吸う。私の鼻をいじりだす直前にも吸っていたし、あのとき吸っていたのは、ああそうだ電子タバコだった。私はタバコを吸ったことがないので詳しくないけれど、あれはたしか、そう、なにかを燻すんじゃなかったっけ?なるほどそのにおいか。病気じゃなかった。よかった。

 

「なんだ」

 

理由がわかったら急速に興味を失った。友人の手をポイと放りだす。散々いじられたり嗅ぎまわったりしたから鼻がむずむずする。鼻をすすると、脳裏に一瞬、なつかしい光景が浮かびあがった。

 

友人とあそこへ遊びに行ったのは何年前だっけ。またいつか2人で遊びに行くのもいい。そのときは、この指先ににおいがついてしまうくらい、たくさんキャラメルポップコーンを食べよう。

 

おなかすいた。

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
小説を書いたり、読んだ小説についてあれこれ考察をするのが趣味です。雑食のつもりですが、ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれがち。小説の他に哲学、心理学、美術、異形や神話などの学術本も読みます。