ヨアブ・ブルーム『偶然仕掛け人』(高里ひろ・訳)を読了しました。たとえば、今日コンビニで選んだあのお菓子、道端でばったり会った友人、トイレに忘れてきたハンカチ――私の人生において“偶然”だと思っていたあれもこれも、じつは誰かによって意図されたものだったとしたら?世界のあらゆる偶然を操作する〈偶然仕掛け人〉があたりまえにひっそりと存在する世界を舞台にした現代ファンタジー。読めばきっと、あなたの人生も、複雑で、おもしろくて、愛おしいものになるはず!

 

 

 

イスラエル!スペキュラティブ!未知の小説は爽快な良書でした

指令に基づき、偶然の出来事が自然に引き起こされるよう暗躍する秘密の存在、「偶然仕掛け人」。新米偶然仕掛け人のガイは、同期生のエミリー、エリックと共に日々業務をこなしていた。しかし、ある日何とも困惑する指令が届く……。もしもあのときの出会いが偶然じゃなかったら? もしも誰かが自分の人生を操っていたとしたら? そんな“もしも”を物語にした、イスラエル発のベストセラー作品。

――カバー袖より

というわけで、作者のヨアブ・ブルームさん、なんとイスラエルの作家!ソフトウェア開発者でもあるそうで、偶然を仕掛けるという舞台装置にもその面影を感じますね。私はイスラエルのことまったくわからないんですけど、うん、小説というのはやっぱり国に関わらずおもしろい。

 

さて、物語の主人公は〈偶然仕掛け人〉という奇妙な仕事をしているガイという青年。前職は〈想像の友達イマジナリーフレンド〉で、この世界では他にも、〈夢織り人〉や〈幸福配達人〉〈点火者〉といった仕事があたりまえにひっそりと存在しています。

 

幕間には偶然仕掛けに関するさまざまな文献の引用が登場したりして、たとえばP85に引用されている偶然仕掛け人課程の期末試験。その名も「偶然仕掛けの古典的理論法および因果関係を高める研究手法」の期末試験内容なんですけど、……なにそれ?

 

キンスキーの定理によれば、電球を交換するのに何人の偶然仕掛け人が必要か?

 

A ひとり
B 電球を取りつけるのにひとり、電機会社を設立するのに三人
C ひとりと、そのひとりが到着するためにふたり
D キンスキーの定理はこの質問への解答を導かない

なに、それは???

 

たぶん過去にこういった試験もクリアして、それはさておき、今や新米偶然仕掛け人となったガイ。彼に密かに想いをよせる真面目で完璧主義な女性・エミリーや初対面でいきなり「多才な男と呼んでくれ」なんて自己紹介してくる軟派なエリック、同期生2人とともに、封筒で送られてくる指令=偶然仕掛けをこなす毎日なのですが、あるとき今までとはまったく違う奇妙な指令が届きます。その内容とは、時間と場所、そしてたった一言「失礼ですが、あなたの頭を蹴飛ばしてもいいですか?」。普通にやだ。一方ちょうど同じ頃、この街にある優秀なヒットマンがやってきます。彼に狙われたターゲットは必ず死ぬ。通称、“ハムスターを連れた男”。

 

ガイの元に届いた謎の指令。
ガイとエミリー、そして〈カッサンドラ〉をめぐる微妙な関係。
さらには突然物語に登場する“ハムスターを連れた男”。

 

この3要素が邂逅したときいよいよ物語が動きはじめるのです。こっからがもうピタゴラスイッチ。パチパチとピースがはまっていく感じが読んでいて気持ちいいの。正直最初はまわりくどい話だなーって思ってしまうんだけど、ぜひ最後まで読んで。きっと読後は印象が変わる。

 

訳者あとがきによると、こういった作品はスペキュラティブ・フィクションというジャンルになるそうです。重要な点で現実世界とは異なった世界について思いをめぐらす=スペキュラティブ(思弁的)なフィクション。私、適切な言葉が見つからなくて長年「個性的でテーマ性のある作品が好き」って言いつづけてきたんだけど、なるほど「スペキュラティブ・フィクションが好き」だったのかもしれない。めちゃくちゃ格好いいので今後積極的に使っていきたい。

 

 

 

偶然は必然になる――矛盾の物語

ルーブ・ゴールドバーグ・マシン。あるいは工場見学でもしているような、もしくは子供の頃なぜかおもしろかった分解行為を思いだすような。そんな小説『偶然仕掛け人』。私は、タイトルが示すとおりそのまま「矛盾の物語」として読みました。

 

偶然仕掛け人とは偶然・・を扱う仕事でありながら、実際これまでやってきたことは封筒を受けとり、指示どおりに偶然を仕掛け、また封筒を受けとり、指示どおりに偶然を仕掛ける……マニュアルどおりの必然・・であったということに終盤ガイは気づきます。

 

偶然は必然になり、必然は偶然になる。

 

偶然仕掛け人課程の最終試験でガイに与えられた任務は「蝶に一度だけ羽をはばたかせること」でした。これはバタフライ効果の暗喩ですね。ブラジルの蝶のはばたきがテキサスに嵐を呼ぶ。

 

「ぼくは小さなものを変えたい」ガイは小さな声で言った。

 

(P267/L14より引用)

 

ルーブ・ゴールドバーグ・マシン。工場の製造ライン。分解行為。単純な結果を導くために複雑で精巧な過程があると知ったとき、なんだろう、たまらなくワクワクする。

 

本書が「矛盾の物語」なのだとしたら、「小さなもの」は本当は「大きなもの」で、私たちの人生におけるとるにたらない「小さな」「偶然」の数々にもじつは巨大なカラクリが隠されているのかもしれない。そんなふうに想いを馳せると、世界がとても楽しく、愛おしく見えてきませんか?

 

 

 

自分がいる 人生がある 運命も自由もきっとある

物語が動きだしたらあとは基本的にシビれっぱなしの展開なんですけど、中でも、私がとくにシビれたのはこんな言葉。

 

「偶然仕掛け人は全員が人間ではないかもしれませんが、人間は全員偶然仕掛け人です」

 

(P317/L1より引用)

 

自分が、たしかに存在していること。

世界は、たしかにまわっているのだということ。

人生とは、偶然と必然による矛盾の連続であること。

 

世界は、巨大なシステムなのかもしれない。だけどそこには自分がいる。人生がある。運命もきっとある。自由だってきっとある。やりきれないこの世界について、ときどき、とてつもなく苦しく感じるこの人生について。そんなふうに考えさせてくれる、最後は、希望でワクワクする1冊でした。

 

読了後にながめるとなるほどこれはあの人か!あのシーンか!と気づいて二度読み間違いなしの芦野公平さんによる忠実な表紙イラストにも注目です。

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
小説を書いたり、読んだ小説についてあれこれ考察をするのが趣味です。雑食のつもりですが、ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれがち。小説の他に哲学、心理学、美術、異形や神話などの学術本も読みます。