めるはば、佐々木麦です。

 

4作品を応募したショートショートnote杯の結果発表がありました。落ちるのは全然想定したいたのでちょっとしか落ちこまなかったんですけど、そのあとの反省会が有意義な思索になったので読者諸兄姉と共有したく。

 

なお、机にむかう前風呂に入ってギャグマンガ日和を読んでいたので視界の端に聖徳太子がチラついています。どこまであの反省会を文章化できるかわかりませんが、やれるだけやってみよう。

 

ちなみに、メルハバ(Merhaba)はトルコ語で「こんにちは」です。どうしてトルコ語かというと、以前「トルコ美女に似てるね」と言われたことがあるからです。

 


 

実際にnoteでいくつか作品を漁っていただくとわかるのかもしれませんが、曰く、拙作はどうもハイコンテクストになりがち。らしい。

 

言われてみれば、短く・わかりやすくが偏重される時代、たしかに最近の自分は

 

・どれだけ重要で直接的な言葉を削れるか。
・どれだけ作者の意図を隠すことができるか。
・どれだけ読者に考えさせることができるか。

 

を創作のモチベーションにしている気がする。趣味とはいえ17年も小説を書きつづけてきた中で、創作が評価につながる〈表現〉からより自己の内側にむいた〈挑戦〉になりつつあるんですよね。しかもそれは期せずして起きた変化だから、評価はされたいけど作品を理解してくれる読者が少なければ少ないほどハイコンテクストとしては成功である、という矛盾を孕んでいます。

 


 

もちろん、私の小説が評価されないのは実際には技術不足なだけで、ハイコンテクストなコンテンツが売れることは全然普通にあります。短く・わかりやすくが偏重される時代、コンテンツは今、〈圧倒的にわかりやすいもの〉〈わかりにくいものをわかった気にさせるもの〉の二極化されつつあると思うのです。

 

前者は言わずもがな、後者はAdoの楽曲『うっせぇわ』で喩えるとわかりやすいかもしれません。

 

『うっせぇわ』は「ちっちゃな頃から優等生」という歌いだしではじまります。これは言わずもがなチェッカーズの『ギザギザハートの子守歌』のパロディですが、このように歌詞の中に昭和歌謡的なエッセンスを加えることで最近の、若年層が聴くような楽曲に疎いいわゆるおじさん・おばさん世代がわかった気になれるところも人気の理由の一つだったのではないでしょうか。

 

つまり、今の時代にあえてハイコンテクストをやっていくのならばハイコンテクストを「理解させる」のではなく「感じさせる」ことが重要で、それには昭和歌謡のようなある種の歴史が有用なのではないかと。音楽の世界でくりかえし使われてきた継承と創造の融合。代々注ぎ足されてきた秘伝のタレ(ローコンテクスト)。それはもちろん、文芸の世界でも応用できるはずです。

 


 

というわけで、ちょうど年末だし、まだ来年の目標が決まっていない人はとりあえず「温故知新」にしとけばいいんじゃないでしょうか。以上。

 

あらあらかしこ。

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
読んだ小説の感想や考察を書いています。好きが高じて元小説家志望なので、一篇の物語のように心躍る記事が書ければ。ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれます。小説の他に哲学、美術、神話などの学術本も好きです。