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行成薫『僕らだって扉くらい開けられる』を読了。書評コミュニティサイト「本が好き!」で見かけてなにこれおもしろそうと気になっていた1冊。なかなか巡りあえなかったのですがこのあいだようやく見つけたと思ったら単行本でした。盲点だった。文庫だと思ってた。なんで?初読の作家で単行本かぁ~と最初は躊躇したものの「相手を金縛りにできる!!!でも力を使うほどハゲる」という帯文句に耐えきれず購入。結論から言わせてもらうとハゲパラライザー最高だった。好き。

 

 

 

鉄拳「こんな超能力は嫌だ」

念動力(テレキネシス)、金縛り(パラライズ)、読心術(マインド・リーデイング)。行成薫さんの新刊『僕らだって扉くらい開けられる』はさまざまな超能力を持つ人々を描いた六編からなる連作集です。しかし、彼らの能力の実態は、たった十センチだけ物を動かせたり、一日に一度だけ数分間相手を金縛りにできるといった〝ショボイ〟もの。世界を救うどころか、使い道も定かではない能力を持った平凡な人々が、それぞれの正義のために奮闘する。

 

※あらすじはRENZABUROによる刊行記念特別インタビューから抜粋しました。
http://renzaburo.jp/shinkan_list/temaemiso/171124_book01.html

さらに詳しく説明すると、念動力テレキネシス金縛りパラライズ発火能力パイロキネシス精神測定能力サイコメトリー読心術マインド・リーディング精神感応テレパシーとそれぞれ超能力をもつ男女6人による群像劇です。各短編の冒頭には謎の組織〈全日本サイキック研究所〉による各超能力の説明や考察が書かれていてこちらもなかなか読み応えがあります。実際に書籍化してくれたらいいのに。

 

さて、傍から見ればどれも魅力的な超能力ですが、本書最大のポイントはこれら超能力が“しょぼい”うえに使用者側に“ネック”があるところ。冒頭でも紹介したとおりたとえば金縛りパラライズが使える金田は能力を使うことで「加速度的に薄毛を進行させる」。しかも相手を拘束できるのはほんの数分間だけ。あげく集中力が切れてしまうため1日に1回しか使えない。デメリットしかない。デメリットまみれ。鉄拳の新作ネタかな?

 

最初は超能力とそこに立ちはだかる障害のギャップにけらけら笑っていられるけど、読み進めていくうちに心がヒリヒリと痛くなってきて、最後にはドッとあたたかさが胸に広がってホロリ。久々に新藤卓広『秘密結社にご注意を』を読んだときのような日曜午前10時ぐらいのさわやかな読後感を味わえました。読み終わったの日曜午後7時ぐらいだったけど。

 

以下、各短編の感想をまとめました。

 

 

 

10㎝動かすだけで世界は変わる

テレキネシスの使い方

零細企業の営業マン・今村心司は仕事でミスを犯して課長から“シュレッダー係”に押しやられてしまう。最近発露した超能力も、1日1回、右にたった10cmモノを動かせるだけの念動力テレキネシス。僕は役立たずなんだろうか。傷心の今村の前にあらわれたのは彼の超能力を見たという妙に迫力のある老人で――。

「僕の能力って、役に立たないんですよ、全然。もしかしたらね、もっとすごい能力が身についてたかもしれないんですけど、右に十センチ、ってばっかり思ってたから、右に十センチしか物が動かせなくなったのかもしれない」

(P36/L10~12より引用)

 

作中、今村はそんなふうに自虐するけれど、私は今村の力は役立たずなんかじゃないと思うな。あと10cm。後の人生に引きずるほどの大きな後悔はきっと誰にでもある。大抵の人はそれを足かせや呪いのように思ってしまうのだけど、自分を変えるためのトリガーにする人がある。

 

自分を救うためだけでなく、誰かを救い、世界を動かすために力を使うことができたのは今村の優しさや誠実さゆえのことだと思うし、最後に彼が見せた勇気は超能力以上に立派な“力”だと思う。今村というキャラクターだからこそ迎えることのできたほっこりしたエンディング。

 

 

 

パラライザー金田

27歳の若さで薄毛に悩む男・金田正義。原因は彼の超能力、金縛りパラライズ。相手をわずかばかり金縛りで拘束できる代わりに薄毛を加速させるため、正義感が強く悪を見逃すことのできない金田の頭は薄くなってゆくばかり。あるとき電車内で痴漢に遭っている女子高生を見かけた金田は超能力を使うか葛藤しているうちに痴漢本人に間違えられてしまい――。

大半の方が悟っていると思いますが個人的に一番好きなおはなしです。最初は災難つづきの金田に悲しみが止まらなかったんだけど、ああ、こんなに格好いいハゲがかつていただろうか…。正義感が爆発すると頭の中でデンデデンと勇ましいテーマソング(自作)が鳴りだす27歳めちゃくちゃかわいくない?愛おしすぎる。

 

ふと頭を上げて周りを見ると、金田を取り囲むようにして様子をうかがう客の姿が見えた。みな一様に、顔が恐怖に引きつっている。金田は、両手で思い切り自分の頬を張った。

 

正義の味方が、悪に屈するわけにはいかないだろうが。

 

(P74/L12~15より引用)

 

宿敵と対峙するシーンで(金田の頭の中で)流れるデンデデンが胸熱すぎてたぶん本を読んでいた場所が自宅だったら「きたきたきたぁぁぁ!」って叫んでいたと思う。ルノアールで読んでいてよかった。お行儀よく泣くだけに留めました。突然泣きだす私に連れは爆笑していた。おい。

 

「力なき正義は無力である」。深い言葉だ。染みるなぁ。

 

 

 

パイロキネシスはピッツァを焼けるか

感情が高ぶると自分の意思に関係なく手近にある可燃物を燃やしてしまう発火能力パイロキネシスの能力をもつ井谷田亜希子は、無断で庭にピザ窯を造ったりする無神経な夫に耐えかね、1週間、泊りがけで通っている陶芸教室の窯焚きの手伝いをすることに。ところが一ヶ月後、完成したピザ窯を前に夫の真意を聞いた亜希子は――。

正直旦那さんの印象、最初は最悪だったんだけど、まさか最後に泣かされるとは思わなかった。処理しきれない感情が発火という形であらわれる亜希子も不器用な人だなと思うけれど、なんだ、案外似たもの夫婦、なのかもしれないね。

 

思いやりにはいろいろな形があるし、それが必ずしも本人に伝わるとはかぎらない、だけどそれを承知のうえで生まれる優しさが“本物”なんだろうなと思ったら胸がぐずぐずしました。泣ける。

 

ところで亜希子のように土をこねるのも無心になれるそうだけど、私は玉ねぎとか長ねぎをみじん切りにしているときが一番無心になれるのでしょっちゅうカレーや納豆を食べるのに刻んでいます。ストレス解消。これからの時期はバレンタインデーもあるので板チョコを無心で刻みまくるのもおすすめ。

 

 

 

ドキドキ・サイコメトリー

精神測定能力の能力をもつ御手洗彩子は、友人の菜々美から彼女が想いをよせる憧れの来栖先輩の私物に触れて彼の心をのぞいてほしいと頼まれるが、極度の潔癖症ゆえ断固拒否。ところがタバコの不始末によるボヤ騒ぎで運悪く来栖先輩に疑いがむけられてしまう。後日、彩子の机の中には菜々美が必死の想いで取ってきた件の吸い殻が入っていて――。

流れ込んできた喜びも悲しみも、彩子は美しい、と感じた。

(P156/L15~16より引用)

 

正直言うとあまり印象に残っていないおはなしなんですが、主人公の設定や言葉選びについては他の短編を抜いてダントツでセンスあるなと思いました。巧い。

 

これ、件のルノアールで読書メモを書いているときにちょうど連れに話しかけられたかなにかで、ロクに整理ができないまま次を読みはじめてしまったので今となっては感想がまったく思いだせません。ごめんなさい。苦情はむこう宛てによろしくおねがいします。

 

 

 

目は口ほどにものを言う

 読心術マインド・リーディングが使える元教師の寺松サトルは、目をあわせると自動的に相手の思考を吸いだしてしまう能力ゆえに人と目をあわせることがこわくなりひきこもりに。あるとき母に頼まれおそるおそる強面で騒がしい男に道案内をしていると、彼が「見てくれよ」と差しだした新聞にはかつての教え子の名前が記されていて――。

自分もこわくて人の目を見ることができないから、サトルの姿は、すごく心に刺さった。

 

剛田はきっと、本心とは裏腹に、ひねくれた言葉を吐いてしまう性格なのだ。小心者で気の弱い自分を覆い隠すために、心にもない軽口を叩き、人を見下すようなことを言う。自分が傷つきたくないから、傷つきそうなときには人を威圧し、恫喝する。

(P186/L15~17より引用)

 

剛田のような人がもしもいるとしたら…いや、本当はみんなこんなものなのかもしれない。だったら、人の目を気にしてこわがっている私が、同じように、偏見やぶしつけな視線で誰かを傷つけているなんて、あんまりじゃないか

 

猫をかぶって心にもないことを言うのと、たとえわかりあえなかったとしても本心を伝えるのと。どちらがおたがいにとっていいことなんだろう。ううん、おたがい、というのはやっぱり詭弁だ。私は嘘が下手だし、嘘はつきたくない。だから正直な気持ちを相手にいつも伝えよう。相手のために。私のために。

 

 

 

僕らだって扉くらい開けられる

行方不明になった4歳の娘・和歌を捜している音無希和は情報提供を求む手製のビラを配り歩く最中、信じがたい光景を目にする。偶然居あわせた男女数人が食堂の調味入れに細工をする怪しい男をそれぞれの不思議な力で捕まえたのだ。希和から「娘は超能力者ゆえに誘拐された」という話を聞いた6人の超能力者たちは幼い少女を救うため立ちあがった――!

最後のタイトル回収が鮮やか。説教臭くはないんだけど、かつ、説得力がある。これまでの主人公が一挙勢ぞろいする最終話だけど今村が主役のおはなしだったかな。今村は最後を締めるのが上手いなぁ。

 

たしかに超能力は現実に存在するかもしれない。だけどそれは特別なことじゃない。超能力はオカルトや魔法じみたことだけを指すのではなく、文字どおり“超”がつくほど突出した能力であるだけだから。

 

ときに「個性」とも呼ばれる私たちのささやかな“超”能力は、さまざまな制約や条件に縛られながら、それを乗り越えてでも、という覚悟さえあればたしかに世界を変えられる。そう、私たちだって扉くらい開けられるんだ。

 

 

 

念動力テレキネシスが使いたくなった人向けのまとめ

超能力、とはまたちょっと違うかもしれませんが、小学生の頃に読んでいた「おまじない全集」みたいな本になぜかオーラの出しかたが載っていました。え、おまじないとオーラって関係ある?

 

両手を10秒ぐらいこすりあわせたあと、左右の人差し指同士を1cmくらいあけて近づけ、そのまま指と指のあいだを見つめているとそこに白いもやみたいなものが見えてきて、それがオーラらしいです。このオーラをなんやかんやすると念動力テレキネシスも使えるようになるとかならないとか。改めて思いだしてみるとめちゃくちゃ胡散臭いな。うろ覚えだし。

 

まぁ、もし本書を読んで「念動力テレキネシス使えるようになりたい!」と思った方はぜひ参考にしてみてください。ただし会得したのが1日1回右に10cmしかモノを動かせないような念動力テレキネシスだったとしても文句を言わないように。自己責任でがんばって!

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
小説を書いたり、読んだ小説についてあれこれ考察をするのが趣味です。雑食のつもりですが、ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれがち。小説の他に哲学、心理学、美術、異形や神話などの学術本も読みます。