herb tea photo

 

 

 

有間カオル『魔法使いのハーブティー』を読了。表紙と版元的にラノベっぽいなぁと一度購入するのをやめた作品なのですが、どっこい、良作でした。ちょいちょい不覚にも涙腺がゆるんでしまった。お冷にローズマリーを入れた水を瓶で出してくれる洒落たロシア料理のお店を知っているんですが久しぶりに行きたくなりました。さむくなってきたし今週末にでも行ってこようかな。ビーフストロガノフが美味しいんだ。話がそれましたがシソやショウガもハーブの部類に入るって知ってた? これを聞くと急にハーブがグッと身近に感じられるから不思議。

 

 

 

ロケ地:道の駅 小豆島オリーブ公園(仮)

親を亡くし、親戚中をたらいまわしにされる不幸な少女、勇希。夏休みの間だけ身を寄せることになったのは、
横浜に住む、会ったこともない伯父の家。勇希が恐る恐る訪ねると、意外なことに、その伯父は可愛いカフェのオーナーをつとめていた。彼は変わり者のようで、同居するにあたって勇希が約束させられたのは、あまりにも奇妙なことだった――。「魔女の後継者として、真摯に魔法の修行に励むこと」不思議なカフェを舞台に紡がれるのは、色とりどりの美しいハーブティーをめぐる、心癒やされる物語。

※あらすじはメディアワークス文庫HP(http://mwbunko.com/978-4-04-891558-8/)から引用しました。

冒頭でも触れたとおり、たぶん刊行当初に書店の平積みで見かけたことがあって表紙のイラストにめちゃくちゃ惹かれはしたんだけれど、ハーブ詳しくないしラノベっぽいし…とそのときは読むのを躊躇。あれから数年、からきし飲めなかったハーブティーが「美味しい」「落ちつく」と思えるようになってきて本を読んでちょっと勉強してみたり育ててみたりと心境に変化があったのでリベンジ。ちなみにレモンバームを育てています。ちっちゃな芽が出てきたんですよ、かわいい。

 

気になる中身ですが、ラノベ的な表現もちらほら見かけるものの全体的にはしっかりした文章で引っかかるポイントもなくサクサク読めました。なんだ杞憂か。

 

ただリベンジに至るまでに中途半端にハーブティーの知識を齧ってしまったので、展開が読めてしまうこともしばしば。まぁハーブの特性や効用そのものは重要ではないので、詳しい人が読んでも充分楽しめるおはなしなんだけど。ハーブに興味があって本書にたどりつき、素直にハーブと物語の魅力を100%楽しみたいのであれば、専門的な本よりも先にこっちを読んでしまうことをおすすめします。後の勉強がますます楽しくなるはず。

 

あとは、実写版「魔女の宅急便」(映画)のロケ地となった道の駅 小豆島オリーブ公園に行ったことがあるのですが、実写化したらまたあのへんロケ地になるのかな、と読んでいるあいだ勝手に妄想していました。その他「魔法使いの嫁」(漫画)の暮らしの風景・雰囲気が好きな人も本書の生活風景は好みにマッチするのではないでしょうか。朝食がハーブティーにクッキーか小さなパンな生活って前世でどれだけ善行したらできるの? 来々々世あたりに期待。

 

以下、各話の感想をまとめました。

 

 

 

この1杯が魔法になる

 

※「ORIENTATION」はプロローグなので割愛しました。

 

LESSON 1

これから1ヶ月の暮らしに必要なものとカフェで使うものとの買い出しへ出かけた先生(伯父)と勇希。“ドクダミの道”を抜けた先にある家の庭先で言い争っていたおじいさんと女性に出くわし運悪く顔に水を浴びてしまった先生とともに、勇希は女性から「忌々しい」と庭を憎みわざびや酢を入れたカレーをくりかえしつくっているおじいさんのことを聞かされる。彼は女性のいうとおり認知症なのだろうか――。

一滴、ひとつまみが持つ、大きな力。

(P96/L9より引用)

 

たった一滴。ほんのひとつまみ。日常のささやかな出来事が誰かの世界を大きく変える。――私たち1人ひとりもまた小さな“魔法”、なのかもしれない。マロウのハーブティーは「夜明けのティザーヌ(お茶)」と呼ばれるそうです。おじいさんの静かな群青色の夜も、これからやわらかく穏やかに明けてゆくのでしょう。

 

前に観た「アメトーーク!」で某カレー芸人が「一度(カレールゥの)パッケージどおりに作ってみてください、めちゃくちゃ美味しいですよ!」と至極当然のことを言っていたので試してみたら心底美味しかったことを思いだしました。まぁ至極当然のことなんですけどね。カレーは玉ねぎをこれでもかってぐらいみじん切りしてどっさり入れたのが好き。そしてとろみのあるやつ。うわすっごいカレー食べたくなってきた!

 

 

 

LESSON 2

「うちの息子に枇杷をわたしたのは誰!?」

カフェに騒々しい客がやってきた。彼女は息子がここでひどい枇杷を押しつけられておなかをこわした、とひどく憤っているようだ。その場は上手くやりこめた勇気たちだったが、後日、勇希は夕食の食材を買った帰りに再び件の枇杷少年と出会う。どうやら彼はスケジュールがぎっしりの塾をサボっていたらしい。チクッたら殺す、と脅していた彼は翌日カフェに訪れ――。

前回の記事にも書いたけど、あああああ!自分は!なにをやっても!上手くできないな!!と思うことが私には多々ある。あるけど、最近そういうときには「適材適所」という言葉をよく思い浮かべる。誰にでも長所短所があるのは当たりまえ。重要なのは、自分の〈理想〉と〈現実〉にそれぞれ適したものがきちんと収まっていないだけなのでは、ということ。黙々と文章を書いているのが好き・得意な人が嫌いで苦手なサービス業で理想どおりの完璧な実力を発揮できるでしょうか。否、できない。なぜならモチベーションはパフォーマンスに影響するから。

 

「どんな修行も、まずは己を知るところから始めるでしょう。今の自分は過去の自分の集大成。過去を知ることは、自分を構成する要素を、ひいては自分自身を知ることだよ」

(P101/L9~11より引用)

 

自分を知ること。先生が勇希に課した過去ノートは、じつは私にもとても大切なことなのかもしれない。やってみようかな。もちろん、新しいことをはじめるのにふさわしい、満月の夜に。

 

以前ネットで見かけた〈子育てネガポジ変換表〉というのがすごくよくて、たとえば私は勉強(物事)を開始するまでにすごく時間がかかるんだけど、これを変換表では「ぐずぐずしている」「やる気がない」(ネガティブ)から「自分のペースを大事にしている」「納得したことには集中できる」(ポジティブ)に変換していて思わず膝を打ってしまいました。そうそう!自分のペースでやりはじめれば集中できるんだよ!

 

ハーブと同じように、正しい知識と変換ができれば、誰もがおたがいの長所短所を認めて理解しあうことができるのに。将来自分が子供を教育する立場になったら、頭ごなしに「そういうことを言ってはダメ」ではなく視点を変えることを教えてあげたいな。

 

 

 

LESSON 3

カフェに全身からイケメンオーラを放つ青年・陽斗がやってきた。誰もが自分を好きになる、と当然のように思っている彼との出会いは最悪だったが、後日彼が「新しい恋人」とカフェに連れてきたのは儚い少女の面影をうっすらと残した――おばあちゃん。陽斗は彼女が忘れてしまった大切な記憶を思い出す手伝いをしている、と言うが……。

今「巨影都市」というゲームをプレイしていて、ゲームの特性といいますか、街がパニックの最中に誰かになにかを託されることがよくあって。当然、上手くいかなかった場合があるわけですよ、いろいろな事情で。

 

そういうとき、なにが正解なんだろう、って考えてしまって。

 

たとえ悲しい記憶であったとしても、そのすべてが意味のない・必要のない記憶とは限らないし、そもそも“悲しい”とか決めつけているのはあくまで自分で。

 

「勝手なこと言わないで。あなたに母の何がわかるって言うの。記憶が戻った? どうせ明日には忘れる記憶じゃない。良いことをしたつもり? 母をあなたの自己満足のために使わないでちょうだい!」

(P273/L3~5より引用)

 

本書の紫乃の記憶に関しても、洋子が正しいのか陽斗が正しいのか、あるいは紫乃がなにを望んでいるのかは彼女自身にしかわからないから。

 

幸福だったことが事実で、悲しみがあったことも事実、なのだとしたら。

 

「忘れてしまったこと」も事実として受けとめるべき、なのかな。

 

 

 

EXAMINATION

陽斗の言葉をきっかけに先生の過去に疑問を抱きはじめた勇希。豪雨が庭のハーブを襲った翌日、悩める勇希の元に彼女の「伯父」を名乗る人物があらわれた。「その様子だと、やっぱりお前は騙されていたんだな」勇希をずっとここに置いてくれた、“後継者”として「ここにいていい」と言ってくれた、優しい先生。彼は、では、一体何者だというの――?

呪いと祝福は正反対のものだけど、とてもよく似ている。かけられた者が名付ければどちらにもなりうるし、どちらの名がつけられても、それは私の世界を変える強力な〈魔法〉になる。

 

魔法が絶対的な運命でないことを子供の頃に親しんだおとぎ話は教えてくれた。愛すること、信じること、勇気をもつこと。呪いにも祝福にも惑わされない自分だけの魔法を人は誰しも持っている。派手な力は望まない。大切な人を、自分を、祝福できるだけの力があればいい。そういう魔法を使える人に私はなりたい。

 

 

 

これもきっと月の導き

しつこいようですが、良作でした。

 

文章・設定の当たりはずれが極端(※個人談)なメディアワークス文庫からの刊行なので心配しましたが、再会できて、今度こそ読むことができて本当によかった!むしろ齧った程度とはいえハーブの知識があってハーブティーも飲めるようになった今だからこそ惹かれるもの、わかること、諸々あってこの評価なのかもしれない。

 

「これは月の導き」

(P138/L2より引用)

 

このタイミングで読めたことも、月の導き、なのかしら。

 

可憐な花を咲かせ、たおやかな香りをただよわせるハーブも、お茶にしてみると意外に地味で素朴な味。そんなハーブティーのような、特別凝ったつくりではないけれど、じんわり心と身体に優しい癒しをくれる魔法の1杯、いえ、1冊です。

 

 

本文中に取りあげた漫画・ゲームはこちら:

Ranking
Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
小説を書いたり、読んだ小説についてあれこれ考察をするのが趣味です。雑食のつもりですが、ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれがち。小説の他に哲学、心理学、美術、異形や神話などの学術本も読みます。