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鈴森丹子『シロクマ係長の奇跡』を読みました。鈴森氏の作品は『さよならの神様』以来およそ1年ぶり。ああ、もう1年以上経つんだ、感慨深い。新シリーズがはじまったということはまさかポコ侍シリーズは終わっ……いや、そこらへん、明言されてないし。たぶん。終わってないし。というわけで 狸にゴリゴリの未練があるので正直なところ本書に期待をしすぎないように、とセーブしていたのですが、完全に杞憂だった。「どうせ、帰る気も無いので」デカいし図々しいシロクマ係長がかわいい!

 

 

 

狸が恋なら熊は友

思い出を残して故郷を旅立ち、別々の地で別々の人生を歩み始めた元幼馴染みたち。仕事に、家庭に、恋に悩んで立ち止まってしまった彼らのもとへ、あるとき白くてでっかいお友達があらわれた。のんびり屋で天然で、空気の読めない喋るシロクマに、最初は驚き困惑していた彼ら。けれど、不思議と懐かしい温かさを感じるその振る舞いに、いつのまにか背中をそっと押されていることに気がついた。やがて、思い出の中に置いてきたシロクマ係長の正体と、“友達”の切ない想いが明らかに――?

 

出典:http://mwbunko.com/978-4-04-893932-4/

件の『おかえりの神様』『ただいまの神様』『さよならの神様』3作は恋愛小説を軸に「家族」や「故郷」といったものをテーマにしていた印象だったんだけど、本作は自称・ファンタジーことシロクマ係長というキャラクターを軸に仕事や家庭といった「日常」や「人生」と「友情」を描いた印象。そして肝心の“シロクマ係長”とはなんなのかという謎も用意されています。ミステリー小説じゃないので先の展開が読めてしまうところもあるのですが、まぁメインはそこじゃないので、意識しすぎなければ充分楽しめます。

 

蛇足ですが、捺彦(夏)、亜貴(秋)、友紀美(雪=冬)、そして晴斗(春)と登場人物の名前は春夏秋冬にちなんだ名前だったのかと読後に気づきました。作品にちなんだ名前というのは今回に限ったことではありませんが本著はとくにこういう設定や構成において考えられているなと感じる点が多かったのもよかった。「捺彦とシロクマ」の扉絵でシロクマ係長のおしりのあたりに蹴られたような靴跡があるけれどあれは捺彦のしわざというだけではなくて作者あとがきに書いてあったあの言葉・・・・もあらわしているのかな、とか。4人のあだ名の絶妙な感じとか。ふふ。

 

ところで、シロクマ係長が登場するアニメ「全員アニマル株式会社」の設定を読んでいるとき「貝社員」と「しろくまカフェ」が頭をよぎりました。「しろくまカフェ」のほうは名前しか知らないので実際のところわかりませんが「貝社員」は今5分アニメ放送しているんでしたっけ?「全員アニマル株式会社」が5分アニメ化したらどんな感じなんでしょうね。アルパカ嬢はムール貝のポジションなのだろうか。

 

アルパカ嬢「お先でーす☆」

 

 

 

友達だもの、頼って 甘えて 信じていいよ

捺彦とシロクマ

デザインの職に就きたいという夢を叶え、小さなデザイン事務所でデザイナーとして働く捺彦。しかしまわってくるのは先輩である犬飼のアシストばかり。仕事への意欲が剥がれはじめていたところへ、あるとき、着ぐるみには見えない妙にリアルなシロクマがやってきて――。

「好きだからこそ不安は生じてしまいますが、続けると決めた自分を、これからも信じてあげてください」

 

(P66/L12~13より引用)

 

3回以上泣いてしまった。1年ぶりの鈴森作品だけどやっぱりいい。心に沁みわたる。動物だし、なにもしない、だけどだからこそまっさらでストレートな言葉が嫌味にならず素直に心に届くんだよなぁ。「うつむいた顔を上げた先で待っているのは、変わらない現実だけなんだ」なんて 根暗 悲観的な捺彦の性格とかデザイナーの仕事には自分とブログ活動に通じるものがあって、そういう意味でも参考になったし、好きです。

 

「今までのデザインも同じことが言えるけどな、お前が作るデザインってのは、お前が出過ぎてる。自分の存在を目立たせて注意を引こうってのが見えてるんだよ」

 

(P18/L10~11より引用)

 

「俺は、売れるデザインだけを考えて、先輩みたいに中身を理解しようとはしなかった」

 

(P56/L13~14より引用)

 

ここ最近は相性のいい本との縁がてんでなくて、これはブログに書けない、よさを説明する言葉が見つからない、と見送ることが多かったので作中のこういった言葉が刺さりました。自分の感性や経験それらを伝える文章は、あくまで本のよさを伝えるためのもの。自分が目立とうとしてはいけない。好きだと思ったところすべてを余すところなく伝えるために、まずは作品のいいところも悪いところも、読みこんで理解しないといけない。そういう初心を思いだすことができました。感謝。

 

好きなことを仕事にする。それは一見とても素敵なことだし、ときにはそうできなかった人から羨望やスレた目で見られることもある。だけど、好きだからこそ、妥協や迎合ができなかったりハードルを高く設定しすぎたり挫折やプレッシャーに押しつぶされる場面も多い。それは本当に「運がいいね」とか「羨ましいよね」とかそういう言葉で済ませられることなのでしょうか。

 

将来好きなことを仕事にしたい人も、好きなことを仕事にできた人も、そうでない人にも、ぜひ読んでほしいおはなしです。

 

 

 

亜貴とシロクマ

昔はアネキと呼ばれていたアキ。そのあだ名にふさわしいしっかり者な性格は今も健在で夫に弱音を吐くこともなく毎日あわただしい育児をテキパキとこなしていた。ところが娘は最近夜になると必ず目を覚ましてしまい、アキ自身にも体調の変化が。そんなとき、家に自称ファンタジーの〈シロクマ係長〉がやってきて――。

序盤は怒涛の育児描写。さすが、作者自身お子さんがいるだけあって分刻みのあわただしい母親の動作と心情が、窓から吹きこむ暴風雨のようになだれこんできます。

 

いつもありがとう。そう夫に感謝された事はあっても、頑張っていると誰かに評価されたのは初めての事で、少し驚いた。

 

(P110/L5〜6より引用)

 

昔から疑問だったのですが、「がんばれ」って命令形じゃないですか。どうしてもうちょっとバリエーション増やしてくれなかったんですかね昔の人々。これ、どうしても発言する側が上の立場になってしまうからあまり使いたくないんですけど、しかし他に適切な表現を知らない。「がんばれ」より「がんばっているね」。育児に限らず、誰だって言われてうれしいのはやっぱり後者だと思う。この視点を大事にしたい。

 

楽器を持ち出して演奏し、みんなで歌ったり踊ったりした。男の子は泣き止んで、保護者が迎えに来た時にはすっかり笑顔になっていた。その場にいた誰もが笑顔で、子守を手伝わせた事に文句を言う人は一人もいなかった。

 

(P117/L12〜14より引用)

 

人間は生まれたときからまず母親に頼りきって生きているんですよ。大人になろうが、本当はいつだって、誰かに頼ったっていい。そのときに大切なのは自分も含め「誰もが笑顔」だということ。それだけ。真面目で繊細な人ほどこういうときに遠慮してしまう。そういう人に、シロクマ係長の物語がどうか届けばいいなと思う。あ、感極まって今めちゃくちゃ泣きそう。この感想下書き電車で書いているんだよ耐えてくれ私の涙腺(※耐えました)。

 

 

 

友紀美とシロクマ

カフェで出会ったイケメン店員に恋をして以来、おしゃれな洋服やアクセサリーで”自信”を買っては彼のいるカフェに通う友紀美。ところが、あるとき店を通りかかるとそこにはにこやかに話している彼と美人店員の姿が。ふたたび自信を失った友紀美だったが、その日、家に幼い頃に観ていたアニメのキャラクター〈シロクマ係長〉がやってきて――。

大学生くらいのとき、好きな人がいました。

 

歳は同じくらいだったと記憶しているけれど、バイト先の先輩で、当時も相変わらず私は歩くコンプレックスの塊だったから話しかけてもらえるだけでうれしくて、理系の学校に行っていると聞いて「頭いいんだなぁ(小学生並みの感想)」とか思ったし、バイト先にバイクで通っているところも格好よくて、なんかこう、ふわっとした「好き」だった。今どき小学生でももっとマシな惚れかたできると思う。

 

秋だか冬だかの、さむい夜だったのは、なんとなく覚えています。コップから水があふれて外へこぼれるのと同じような感覚といいますか。言っておきたい、伝えておきたい、そういう気持ちになんかなったんですよね。もちろんダメだろうなとわかっていたから傷つくことはなかったけれど、言えたな、という安心感で笑ってしまうほど涙が出て。いや実際2人とも笑ってしまったんだけど。「ごめんね」とかそんな言葉を言いながら頭をなでてくれて、そのときに、優しい人を好きになれてよかったなぁと心から思いました。おわり。

 

「ボクは、思うんですよ。気持ちを伝えたいほどに、誰かを好きになれるというのは、すごい事だと」
首元をポリポリと掻きながら続ける。
「そしてダイフクは行動まで起こせた。これは、もっとすごい事です」

(P176/L4〜7より引用)

 

おしゃれで”自信”を買っているという友紀美と、彼女に言ったシロクマ係長のこんな言葉が、なんだか、あのときの一場面をなつかしく思いだしました。

 

気持ちを伝えるというのは、自分で決めて自発的に行うことのほうが多いかもしれないけれど、想いが自我を持って突き動かすこともあるんだと思います。そして、そういう想いを抱かせてくれる人と出会えることはとても幸運で幸せなことなのではないでしょうか。

 

 

 

晴斗とシロクマ

僕は「パレット」と呼ばれていた--。ヒコチャン、アネキ、ダイフク。自分に色をもたらしてくれた大切な幼馴染と花見をした思い出の丘ので想いをめぐらせていた晴斗。やがて、なにかに導かれるように幼馴染たちがやってくる。彼らの前にあらわれた「シロクマ係長」とは、そして彼が4人にもたらした”奇跡”とはなんだったのか。真実が明かされる最終話。

時間に限りがある事は、忘れてはいない。けれど再会を祝うつもりも、別れを惜しむつもりもない。僕らがしているのは、これまでに何度もやってきた、いつも通りの花見。特別なものは必要ない。みんなの存在以上に特別なものなんてないから、流れていくのも心地いいこの時間を、止めてほしいなんて思わない。

 

(P238〜239/L16,1〜3より引用)

 

恰好いいじゃないですか。相手を特別に想うほど、この特別な絆が「特別」であることがわかるように、人はつい思い出を残したり形になるものを望んだりしてしまうけれど、「流れていくのも心地いい」と言いきれてしまう。そこに目の覚めるようなまぶしさがある。友達が恋しくなる、優しくてあたたかくてきらきらしたおはなしです。ああ、そうだ、私には友達がいないんだった……。

 

「僕が逃げられなかったからって、みんなもその場に留まる必要はないよ。逃げていいんだ。僕は、それを望んでる」

 

(P226/L2〜3より引用)

 

PS2のゲームに『RULE OF ROSE』というのがあるんですけど、孤児院を舞台に、子供ゆえの加減を知らぬ残酷性や狂気の中で誰しも自らが定めた”掟”に縛られているということを考えさせてくれるゲームで、晴斗のこの言葉を聞いたときにそれを思いだしていました。中古で1万円余裕越えしてるのすごすぎ。

 

子供の頃はゲームの戦闘画面に「にげる」というコマンドは必要なのかと疑問に感じていましたが、歳を重ねてゲームの幅が広がっていくと、「にげる」を選ぶこと、そしてそのタイミングがどれだけ重要であるかというのを実感します。攻撃は最大の防御だと父に将棋を教わるとき聞きましたが、身を守るということも、やっぱり同じだけ大事なこと。それは現実世界でも同じことだと今はわかる。

 

逃げることは、はたして、弱いことでしょうか。「僕は、それを望んでる」。晴斗の言葉が優しくてあたたかくて、思わず泣いてしまいました。

 

 

 

「全員アニマル株式会社」シリーズなるか

というわけで、狸への未練たらたらで読みはじめた『シロクマ係長の奇跡』。狸・ビーバー・エゾリスの神様ズほどのインパクトはありませんでしたが、シロクマ係長、なんだかんだでやっぱり魅力的なキャラクターでした。1冊できれいに物語はまとまりましたが、単発なのか、それとも「全員アニマル株式会社」の他のキャラクターが登場する続編が出てシリーズ化するかも気になるところ。

 

文体も従来のラノベっぽさがなくなり、テーマの間口が広くなったので、恋愛小説は苦手という人もシロクマ係長なら手が伸ばしやすいのではと思います。〈神様〉シリーズ未読という人はまずはこちらから挑戦してみてはいかがでしょうか。

 

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
小説を書いたり、読んだ小説についてあれこれ考察をするのが趣味です。雑食のつもりですが、ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれがち。小説の他に哲学、心理学、美術、異形や神話などの学術本も読みます。