最近、新しい友達ができました。
名前は「かふんしょうのくすり」っていうんです。素敵でしょう?
頭痛や腹痛が日常茶飯事なので薬は友達なのですが、
加えて今年は本格的に花粉症デビューしてしまったので、
くしゃみを止めるための薬が常備薬に仲間入りしました。
目薬やハンドクリーム、
のどがガサガサになりやすいからマスクも必需品。
カバンの中で薬局が開業できる充実のラインナップ。
頭痛・腹痛・花粉症すべてに効く薬があれば荷物減るのに。
ゲームのようなファンタジー世界へ行くことができたなら、
私はなによりも万能薬とかエリクサー的なのが欲しいです。
結局もったいなくて最後まで使わないままなんですけどね。
今回はそんな夢のような“万病の薬”をめぐるおはなし。
紅玉いづきさんの『大正箱娘 怪人カシオペイヤ』読了です。
良薬口に苦し、心に苦し。
時は大正。
巷に流行る新薬あり。
万病に効くとされるその薬の名は――「箱薬」。
新米新聞記者の英田紺は、
箱娘と呼ばれる少女・うららと調査に乗り出す。
一方、病に冒された伯爵の館には怪人・カシオペイヤから予告状が届く!
館では陰惨な殺人事件も発生し、現場に居合わせた紺は、
禁秘の箱を開き「秘密」を暴く怪人の正体を知ることに。
怪人が狙う帝京に隠された謎とは!?
※講談社タイガ公式HPより。
※第1話「箱薬」を途中まで立ち読みできるようです。
http://taiga.kodansha.co.jp/author/i-kougyoku.html
***
以前読んだ『大正箱娘 見習い記者と謎解き姫』の続編。
今回はページ数もコンパクトで
文体としても体感的には読みやすかったです。
楽しみの1つである表紙のデザインは
青を基調に大人びた感じになりました。
第2話「薄幸佳人」の雰囲気に合わせているのかな。
箱娘・うららとの絹のような繊細な交友はもちろん、
今回は前巻収録の「放蕩子爵」で強烈な印象を残した
紺の宿敵(?)あの時村燕也とのタッグも実現!熱い!
うららと燕也とでまったく縁の色が違って見えるのは
やはり内に“秘密”を持つ紺が主人公だからこその魅力ですね。
辛辣な物言いだけどグッとくる名言を生みだしてくれる
例の悪食警部も通例どおり最後にしっかり登場しますよ。
以下、各話の感想をまとめました。
他人の秘密は薬の味
第1話 箱薬:
近頃、帝都を騒がせている“万病の薬”。
紺は偶然通りかかった店の前で、
かの薬を求める人々の群れから
異国の血が混じった少年・治太を助ける。
治太に連れられて訪れた彼の住まいには、盲目の老翁が1人。
親を亡くした治太を引きとったというこの老翁の目を、
治太は例の「箱薬」で治そうとしているのだろうか――。
***
生まれがどうにもならないものならば、
死ぬということもまたどうにもならない自然の摂理。
人が死を恐れるもっともたる所以は、
思うに遺される者と世界への執念なのではないかと。
紺が想いを馳せたような世界に、
今、私たちはいるのだと胸を張って言えるのでしょうか。
人が人であることに、
皆がもっと素直で寛容であったら。
世界はまた少し穏やかになるかもしれないのになぁと思ってしまいます。
このおはなしはカフェで読んでいたのですが、
P50の翁の言葉には思わず泣いてしまいました。
「人生の先輩」という言葉はこういう人のためにあるのでしょうね。
翁にも治太にも、生きて、と願わずにはいられませんが、
同じ言葉なのに託す想いや意味がわずかに異なるのは感慨深いです。
第2話 薄幸佳人:
台風が近づいていたその日、
人手の足りなくなった他部署の応援で紺は
文芸面で連載されている小説の挿絵を担当する
降旗瑶介から原稿を預かってくることになった。
ところが屋敷へ行ってみると、
そこには病弱で床に臥せっている瑶介の他に、
妙に年若いメイドやなぜか警察の姿、
そして宿敵の時村燕也までもを見つけてしまう。
しかも屋敷には紺と燕也の“因縁”を作った、
人の秘密を暴くというかの怪人カシオペアの予告状が届いていたという。
***
最初、瑶介はロリコンのショタコンなのかな、と
紺とは別の意味で「不安が心をかすめ」ていました。
YESロリショタNOタッチは紳士淑女の基本ですよね。
瑶介も燕也も、
不器用なくせに完璧主義者なのだろうなと思いました。
聡明な彼らなら、
この世界に〈完璧〉がないことくらいわかっているはずなのに。
それでもどこかで半端に希望なんて抱いてしまうから、悲しい。
人間にも言えることですが、
あらゆる物事は簡単に二極化することはできません。
されど昨今は物事を白か黒か二極化して考える人がなんと多いこと。
瑶介や燕也を見ていると、
生きることに貪欲な人ほどこの傾向が強いように思いました。
第3話 怪人カシオペイヤ殺人事件:
またしても怪人・カシオペアからの予告状。
此度はとある製薬会社の新薬発表の祝賀会にあらわれるという。
なんとか会場にすべりこもうとした紺だったが、
あろうことか、宿敵・時村燕也の提案によって
彼の“連れ”としてパーティーに出席することに。
ところが乾杯のまさにその瞬間、
落ちてきたシャンデリアの下敷きとなって
新薬の開発者・清武二郎が死んでしまった。
容疑のかかった燕也の潔白を証明するべく、
紺は悪食警部・室町と共に事件の捜査に乗りだした。
***
前にテレビで見た都市伝説の話を思いだしました。
人間は今後ゆるやかに仮想現実の世界へと移行され、
地球に増えすぎた人口を減らしてコントロールする。
人間による人間の選別が行われるだろう――という話だったかな。
「選別」だなんて一見残酷な陰謀のようでいて、
世を見わたしてみれば誰もが批評家で偏見の塊。
私たちは身近なところで平然と同じことをしている。
もし本当にこのような夢の新薬が開発されたなら、
国に選ばれし要人か富裕層が手を出せるぐらいが関の山でしょうが、
日常的な選別に慣れてしまった私たちにきっと悲壮感はありません。
セレンディピティーという言葉があります。
失敗はひとたびその〈枠〉の外へ出てしまえば、
新たな〈枠〉の中では成功にもなりうるのです。
誰かが決めた優劣ならば、
「劣っている」と言われても別の誰かにとっては
非常に優れた人間になりうるのではないですか。
限られた範囲内で決められた優劣になんの意味があるっていうんでしょうね。
病は気から
薬が人を選び、病が人を選び、そして人が人を選ぶ――。
今回は“選別”をめぐる希望と絶望の物語だったように感じました。
私たちが個性を持っているのはなぜでしょう。
誰もが〈自分〉という人間の存在をしっかりと認識していて、
他者とは異なる存在であるとはっきり自覚しているからです。
この自己認識がありながら、
他者もまた個性を持つということはなぜか失念しがち。
人間はまったく愚かというか罪深いというか、卑怯な生きものですよね。
生まれや育ちは、
たしかに自分だけではどうにもならずときに不治の病ともなりましょう。
しかし、人と異なること、それは決して“箱薬”に頼らねばならぬ病ではありません。
最大の薬は、
自分とまわりの人々の心持ちなのですから。
病は気から、なるほど、これほど万病に効く薬はないでしょう。
箱娘という存在、その意味、価値。
彼女をとりまく人々、
そして〈帝都〉という世界の手がかりが、
わずかながらようやく顔を出してきました。
私の中でも
おおよそこうではないかという推理が完成しつつあります。
真相が知りたい反面、
知ってしまったら彼女とのこれまでも
霞のように消えてしまいそうで寂しいようなこわいような。
著者あとがきを読んだ感じでは、
次巻で完結という雰囲気ではなさそうなので
とりあえずは推理を固めつつ次巻を待つことにします。