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フリマアプリ「メルカリ」が、
顧客の個人情報が流出した可能性があると発表。

 

昨夜そんなニュースを見かけて
思わず読んだばかりの小説へ目をむけてしまいました。

 

福田和代『プロメテウス・トラップ』。
天才ハッカーが主人公のサイバーミステリー。

 

さすがにメルカリの件は
ハッカーの仕業…ではないだろうけど、
こうしたニュースを見るとネット社会は便利な反面、
脆さや危うさみたいな薄らさむいものを感じてしまう。

 

 

 

人を選ぶがハマれば映画を観た気分に


 

14年前、天才ハッカーと謳われた“プロメテ”こと能條良明。

 

今は平凡なプログラマとして生きる彼に、
謎の男からICチップ解析の依頼が舞い込む。

 

一見簡単に思えたその仕事が、
米国を脅かすサイバーテロ組織との闘いへと能條を導いてゆく。

 

ソーシャル・ハッキング、
スーパーコンピュータでのチェス対決、
政府機関へのハッキング……

 

半神の名を持つ男が
天才オタク米国人青年を相棒に強大な敵に挑む、連作サイバーミステリ。

 

※あらすじは文庫裏より引用しました。

 

 

 

「連作サイバーミステリ」とありますが、
連作短編というには話と話のつながりが濃すぎるので
個人的には1章2章…と長編と捉えたほうがいいかも。

 

また「オタク外国人青年を相棒に」とあるけれど
2人のあいだにバディ感というものがあまりなく、
しかもオタクであることや元・天才少年であることも物語に関わってこないので
パンドラ(オタク外国人青年の通称)というキャラクターはちょっと惜しかった。

 

ただ、
これにて幕引きというときになって
ようやくかなり効果的に彼が描かれるので一概にいらない子とも言えない。

 

 

 

物語の性質上、
専門用語や専門的な内容は避けられず人を選ぶ作品であること。
ミステリーとしても「こうだろうな」という予想が結構当たってしまうこと。
ハッキングが主題なだけに見せ場がどうしても地味な絵になってしまうこと。

 

難点も多いけれど、
主人公である能條をはじめ、
登場人物の内面やその背景は一転なかなか読者の予想を裏切ってくれるし、
テンポも軽快で派手なアクションやカーチェイス、腹のさぐりあいに頭脳戦など、
まるで洋画を1本観ているようなスリリングな要素も満載で充分に楽しめる1冊。

 

 

 

監視社会におけるネットと正義への警鐘


 

本書について
「ネット社会に警鐘を鳴らしている作品である」とあるように、
ハッキング(クラッキング)のプロから見たネット社会の
ハイリスク・ハイリターンとでもいうような危うさには考えこんでしまう場面も。

 

前に某テレビ番組で聞いてはっとしたことだけど、
誰もかれもがスマホやインターネットに身近な今の時代、
自分“だけ”が漠然と危機感を抱いていたのではたりない。

 

セキュリティの甘い誰か/どこかのデータから
自分の個人情報までのぞかれてしまうことだっておおいにありうる。

 

「サイバーテロ」と聞いてもピンとこない人だってたとえば、
「プロメテウス・アタック」終盤で描かれた悪夢のシナリオにはぞっとするはず。

 

 

 

また、
最終話「プロメテウス・マジック」で
物語はもうひとつのある重要なテーマを掲げ、ガラリと空気を変える。

 

正しい、正しくないは、
後世の歴史が決めることだと誰かが言った。
正義ほど流動的なものはない。
誰しも、自分が信じる正義に賭けるしかないのだ。

(P335・L8~9より引用)

 

読んでいるこちらも胸が苦しくなるほど、
このとき、能條は自分と正義のありかたに悩んでいた。

 

彼がどんな決断を下したのか。
それはどうか、自身の目で見届けてほしい。

 

読後しばらくは、
映画が終わって館内の照明がついた瞬間のようにぼんやり放心してしまいました。

 

能條。

 

前科持ちとか諸々あるけれど、
反抗期じみたところとか青臭さが残るところは
「天才」といえど人間臭く、魅力的で、個人的には好きだなぁ。

 

 

 

半神の名にこめられた想い


 

プロメテウスとは人類に火を与えた半神の名。

 

名前をぼんやり知っている程度だったので
改めて調べてみると、出るわ出るわ、考察のヒント。

 

作者がなぜこの名を彼らに与えたのか。
能條(プロメテ)やパンドラ、ひいては作品への想いを、ひしひしと感じます。

 

知っている人も知らない人も、
読後はぜひプロメテウス/パンドラの神話について調べてみるべし。

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
小説を書いたり、読んだ小説についてあれこれ考察をするのが趣味です。雑食のつもりですが、ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれがち。小説の他に哲学、心理学、美術、異形や神話などの学術本も読みます。