近藤史恵『岩窟姫』を読了。所用で渋谷に行ったとき、ふらりと立ちよった書店で連れが見つけてきて「アイドル」の文字に惹かれて購入してきたものです。前回の記事をどのタイミングで書こう、どのタイミングでUPしよう、と、うにょうにょ悩んでいるあいだひそかに水面下で読み進めていました。落差がすごい。昨日まで鼻血ぶしょあ!とかアホみたいな記事を書いていたなんて信じられない。結婚式の翌日にお葬式に参列しているようなテンションです。それでは本日もよろしくおねがいします。

 

 

 

真綿で首を締められるような

人気アイドル、謎の自殺――。彼女の親友である蓮美は呆然とするが、その死を悼む間もなく激動の渦に巻き込まれる。自殺の原因が、蓮美のいじめだと彼女のブログに残されていたのだ。まったく身に覚えがないのに、マネージャーにもファンにも信じてもらえない。すべてを失った蓮美は、己の無実を証明しようと立ち上がる。友人の死の真相に辿りついた少女が見たものは……衝撃のミステリー。

 

出典:http://www.tokuma.jp/bookinfo/9784198943097

親友の自殺報道から物語がはじまり、ファンやマスコミからの猛烈なバッシングで幕があがるのだろうか、と、覚悟を決めてページをめくったのですが実際には4325時間――というと、ええと、(算数が壊滅的な私の計算が正しければ)半年?ぐらい経った地点から物語がはじまり、親友・沙霧の死とその騒動は蓮美の回想によって語られるので思っていたほど精神に負担はかかりませんでした。

 

その後も蓮美に直接危害がおよぶような暴力的なシーンはありません、ありませんけど、引っ越しの直後に元いたマンションが放火されるなど、外堀からじわじわ、かつ、ゴリゴリに追いこんでくるので着々とダメージは喰らいます。沙霧のマンションに行くところとか淡々と描かれているけど蓮美の心情考えたら、ね、私のメンタルゲージにクリティカルヒットだった。

 

蓮美を導いてくれる謎の人物〈Q太郎〉の存在や斎木の物語への関わりかた、沙霧が蓮美を陥れた理由など、細かくふりかえるとご都合主義で腑に落ちない点も多く「アイドルの自殺」というセンセーショナルな事件を軸にしているわりにぼんやりとした全体像でしたが、事件の真相、「岩窟姫」というタイトル、冒頭の『モンテ・クリスト伯(巌窟王)』のあらすじ――すべてがきれいにつながったクライマックスの驚きやら悲しみやらもうなにがなんだかわからないぐちゃぐちゃに押しよせる感情の津波、あの心地はすごかった。また、今度は沙霧の心情も汲みながら、じっくり読み返したい。

 

 

 

私たちはマーブルにしか染まれない

命を絶つことで絶対的な“被害者”となった沙霧の声ばかりを拾いあげ、“加害者”の声には知らんぷり、中途半端な情報と自分の都合で蓮美を翻弄するファンや事務所の人々とは対照的に、生活環境の変化から太ってしまった蓮美、そんな彼女にむかって正々堂々と「いい気味だって思ってるの」と心の内を吐露したチホ、蓮美に声をかけてきたファッションヘルスのオーナー(たぶん)の斎木など、世間からあまりいい印象をもたれない人々が本著ではとても誠実に見える、というのがとても印象的でした。

 

「ねえ、わたしたちって、どっちを求められているのかな。奔放であることと、清純であること」

 

(P313/L11~12より引用)

 

「正義」というきれいな言葉を借りて他人を無責任に汚く罵る人々。自分や誰かを守るためならきれいなことも汚いこともやれる人々。はたしてどちらが“きれい”な人間なのだろう。どちらが“汚い”人間なのだろう。奔放であることと清純であること。1人の少女にすら相反する姿を求めてしまう私たちが、どちらか一方に染まることなど、できるのだろうか。

 

「きみがそんなことをするはずはない。そう言うのは簡単だし、できればそう考えた方が楽だ。でも、そういうんじゃないんだ。ぼくはきみたちの行動をジャッジしない。きみたちの与えてくれた輝きだけを享受する。そう決めたんだ」

 

(P247/L12~14より引用)

 

斎木のアイドルに対する考えかた、自分とすごく似ていて、後半は好感度めちゃくちゃあがりました。

 

 

 

アイドルや芸能好きでない人にもおすすめ

アイドルを主人公にしていますが、華やかできらびやかな世界ではなく、設定としては光りつつもどちらかといえば裏側の地味な部分がささやかに描かれているので、押しつけがましくなく、アイドルや芸能好きにはもちろんそうでない人も充分に読み応えを感じられる1冊だと思います。

 

あらすじには「ミステリー」とだけありますが、体感としては社会小説のようなハードボイルドのような硬質な感じもありました。湿気を吸った重たい雲のようなどんよりした物語でありながら、生きよう、進もう、ともがく蓮美の姿に勇気と気力をもらえます。不思議な作品。

 

未来――とはちょっと違う、今と、ほんの少し先の「これから」を大切にしたい人におすすめです。

 

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
小説を書いたり、読んだ小説についてあれこれ考察をするのが趣味です。雑食のつもりですが、ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれがち。小説の他に哲学、心理学、美術、異形や神話などの学術本も読みます。