望月麻衣『京洛の森のアリス』を読みました。タイトルを見てのとおり、かの有名なルイス・キャロル『不思議の国のアリス』をベースにした和洋折衷なファンタジーです。たまたま直近で似たような和洋折衷ファンタジーを読んで大失敗したところだったので警戒していたのですが、杞憂も杞憂、自分の好みに刺さりまくる超ドストライク本でした。和モノは苦手なんだけどその和の使いかたがちょうどよくて。そうそう、和洋折衷ってこのくらいの加減でいいんだよ。誰のなにとは言わないけどさぁ!

 

 

 

世界で一番かわいいカエル

幼いころに両親を亡くし、引き取られた叔母の家でも身の置きどころのない少女ありすは、遠く離れた京都で舞妓修行を決意する。彼女のもとにやってきた老紳士に連れられて訪れた京都は不思議な世界だった――。ともに人間の言葉を話す、カエルのハチスとウサギのナツメと、ありすは京洛の森の謎に蝕まれていく。

 

――文庫裏より

導入やモチーフはやっぱり『不思議の国のアリス』なんですけど、物語全体の感じはどちらかというとジブリ映画の『千と千尋の神隠し』を彷彿とさせました。異世界で仕事を探さなくてはならない展開といい、お供になる甚平を着たカエルといい。本家のあちら(青蛙)もかわいいんですけど本書のカエルことハチスもさ、

 

「--ありすを守るために側にいるつもりだったのに、何もできないのが悔しい」
ハチスは、ぎゅっと目を瞑り、ぽろぽろと涙を零した。

 

(P177/L3〜4より引用)

 

めちゃくちゃかわいいんだよなぁぁぁぁぁ!

 

こんなにかわいいカエルを私は他に知らない。世界で一番かわいいカエル。青蛙とかケロロ軍曹とかけろけろけろっぴとか調べたら思いのほかカエルのキャラクター存在していたけどそれでも世界で一番かわいいカエルはハチスおまえだよ。お供にはハチスの他にウサギのイケメン紳士・ナツメもいるのでケモナーの人は安心してね!

 

フラグ管理が丁寧なので展開はおおよそ読めてしまったんですけど、本書はむしろそこがいい。たいていの小説は「展開が読めると興ざめする物語」と「予想している展開に到達したときカタルシスを得られる物語」の2種類にわけられると思うんですけど本書は完全に後者。こうであれこうであれと願っている展開になってくれるのがうれしくて安心しちゃってところどころで泣きました。だって主人公のありすちゃんがそれはもういい子なんだもの。守りたいこの笑顔。どうか悲しいことは起きないでくれと願ってしまう。次々と試練に直面するありすちゃんがどんなふうに困難に立ちむかって成長していくのかが見どころ。

 

 

 

京のアリスはかわいいだけにあらず!

本書の感心するところは、異界の京都、アリスモチーフ、動物に“王子様”とただかわいいだけじゃなくて、〈京洛の森〉という世界観やその設定、前述したフラグ管理などがすごく丁寧で凝ってるところ。

 

「ありすは『六道』って言葉を聞いたことがあるか?」
「六道って、仏教の?」
「そう。天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道で六道。この世界は六芒星にそれらを当てはめたイメージらしい」

 

(P196/L12~17より引用)

 

中でもP196で説明されるこの世界の地図が興味深くて、仏教の考えかたのひとつである六道、次はこういうのを勉強しようかなと思いました。神社仏閣や日本美術に興味なしで生きてきた私がですよ。作者は誇っていい。今は加門七海『霊能動物館』という本で「霊能動物」の起源を勉強しているのでこのあとにでも。

 

 

元の世界は、受け取ることに必死な世界だった。
たとえば、お金だったり愛情だったり。
こっちの世界は『与える』ことに、意義があるのかもしれない。

 

(P160/L1~3より引用)

 

ありすが迷いこんだ〈京洛の森〉には、金銭の概念がありません。一見、とても快適そうな羨ましい世界に思えるけれど、ここに金銭の概念がないのにはきちんとした理由があって、それは簡単なように見えて、人を介さない便利なものにあふれた“国民総評論家”の今の社会に慣れた私たちにはなかなか留まることが難しい世界のようにも感じます。

 

かわいらしくてシンプルな物語の中にある、京の雰囲気や仏教を絡めたこういう世界観や設定、テーマ性は大人にも考えさせてくれて、手放しに勧められる良質なファンタジーでした。

 

 

 

結論:超好き(語彙力)

これ、1日であっというまに読んでしまって、続編が刊行されていることは知っていたので文字どおり読んだ直後に書店へダッシュしました。その日はあいにく書店がもう閉まっていたのでうずうずしながら朝を待って、それから、また即書店へダッシュ。それくらいもうすっかり気に入ってしまったんですよね。

 

表紙やあらすじを見た感じ、子供向けなのかなぁ、と一時は購入を悩んだものですが今は「読んでよかった!」と本書をふりかえるたび喜びを噛みしめております。本当に、もう、超好き。即刻買った続編はもちろんさっそく読みはじめています。相変わらず読みやすくって、ページを繰る手が止まらなくて、どんなおはなしになるのか楽しみ。

 

女の子なら誰もが一度は夢見るとびっきりピュアな王道ファンタジー。和風が好きな人も洋風が好きな人もきっと楽しめる、とってもとってもかわいい1冊です。みんなも読もう!

 

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
小説を書いたり、読んだ小説についてあれこれ考察をするのが趣味です。雑食のつもりですが、ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれがち。小説の他に哲学、心理学、美術、異形や神話などの学術本も読みます。