1月13日、連休中日の、昼頃のことだ。

 

布団から起きあがった瞬間、「あ、これダメなやつだ」と思った。めまいがする。視界が左右にはっきり揺れるほどのこの感覚は、随分昔に親友と某テーマパークのコーヒーカップに乗って全力でまわったときと、あとは朝5時まで酒を飲んだあの日のえげつない酔っぱらいかた以来で、起きただけでこれはつまり、相当ヤバい。

 

とはいえ、昼食時だったので、ひとまず食事を摂ることにする。私は起きぬけはいつもかなりおなかが減っているという人なのだけど、すごい、まったく食欲がわかない。一応、一口食べてみるけど、味がしない。そんなことより目がまわる。

 

布団に引っこんで、ようやく熱を測る気になった。38度だった。一瞬夏が来たのかと思ったけど、これ体温計だし、今私は熱を測っていたんだし、どう考えても自分の体温だった。夏といえば、小学生の頃はプールの授業が嫌すぎてプールカードに今朝の体温を記載する際に親を説き伏せてちょくちょく嘘の微熱を書いてもらったっけ。時空を越えてこの高熱を転送してあげたい。プールどころか学校も休めるぞ。

 

あっというまにコートを着せられ、タクシーに乗り、近くの病院に運ばれた。このあたりほとんど記憶がないけど、こんないかにも風邪のヤツ乗るの迷惑だろうなぁと脂汗浮かべながら思っていたら、気持ちを汲んでくれた運転手さんが「インフルエンザの予防接種をしているので私は大丈夫ですからね」と声をかけてくれたのがうれしかった。

 

病院に着いた。問診票と一緒にわたされた体温計でまた熱を測ったら39度だった。熱、上がってない?

 

待合室にはおそらく同類(風邪)と思われる人たちが結構いたらしく、まぁ高熱で感覚がバグッていた私が言っても信憑性はないんだけど、相当待たされた。今年はインフルエンザも風邪もすごいらしいぞ、と、数日前に父が言っていたのを最悪の形でフラグにして回収してしまった。こんなときにかぎって吐き気がしてきた。気をそらす必要があった。とりあえず目を閉じて羊を数えることにした。羊は単純に数を数えるのではなく、思い思いの飛びかたで柵を越えていく個性豊かな羊たちを1匹1匹イメージすると俄然ねむくなってくるということをこのときはじめて知った。今後羊を数える際の参考にしてください。

 

羊の数は覚えていないけど、しばらくしてようやく診察室に呼ばれた。医師から「昨日、あきらかに菌に触れた、という心あたりはありますか?」みたいな質問をされ「いいえ」と答えたくだりだけなんとなく記憶にある。そしてこれは翌日になって思いだしたことだけど、この2日前、私はカラオケに行っていた。先生ごめん。心当たりしかなかった。

 

その後、インフルエンザの検査をすることになった。鼻の奥の奥になにか綿棒みたいなものを突っこまれた。検査の結果インフルエンザではなかったらしいのでシンプルに解熱剤のみを処方された。そんなことよりあの検査が痛すぎてめまいが一瞬でおさまって正気に戻った。帰りは何事もなかったかのように徒歩で帰った。

 

このあとは2日間高熱に苦しみ、ときどき目が覚めては羊を数える、退屈なそのくりかえし。気づいたら連休は終わっていたし、熱は微熱程度に下がった。大事をとって月曜日もしこたま寝た。それでようやく完治の目処がついた。今は名残惜しそうに少しばかりの咳が出る程度だ。

 

さて、ただの日記をどうして長々ここに綴ったかというと、つまり、結構な高熱が出て、記憶がほとんどなくて、なんなら連休のあいだに書きあげるはずだった米澤穂信『本と鍵の季節』の記憶もきれいさっぱり失われてしまった、という近況報告です。今となってはもうtwitterに供養するので精一杯だった。悲しい。自分の中で位置づけが難しかった興味深い1冊ということだけははっきり覚えているので、今後特集記事とかにねじこんでなんとかブログに残す予定です。

 

 

『本と鍵の季節』、閉じて残ったのは、熱と羊の記憶。今となっては想像の羊が虚しく柵を飛び越えるだけ。ああ、これぞまさしく儚い羊たちの祝宴。

 

というわけで、みなさんも体調にはくれぐれもお気をつけください。

 

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
小説を書いたり、読んだ小説についてあれこれ考察をするのが趣味です。雑食のつもりですが、ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれがち。小説の他に哲学、心理学、美術、異形や神話などの学術本も読みます。