!ネタバレ注意!

本記事は加納朋子『いつかの岸辺に跳ねていく』に関する考察記事です。作品の重要な部分または結末について触れていますので、作品を既読である、またはネタバレを承諾する場合のみ閲覧することを推奨します。また、記載される内容はあくまで筆者個人の意見です。

 

自分の中の一番きれいな場所に、そっと置いておきたいこの感情を、それでもやっぱり俺は、恋とか愛とか名付けてしまいたくはないのだ。

 

(P88/L2~3より引用)

 

一見、護と徹子のもどかしい幼なじみ小説のように見えます。徹子は変わり者。突然見知らぬおばあさんに抱きついたり、クラスメイトの女子の手をつかんで早足に歩きだしたりする。護から見た徹子は今村夏子の小説『こちらあみ子』のあみ子をも彷彿とさせるけれど、彼女の真意は後半の「レリーフ」で明らかとなる。ちなみに作中「レリーフ」という言葉を使うのは徹子ではなく堅利ですが、護に「フラット」と言わしめた徹子の真意が浮き彫りになる、という点ではなかなか巧いタイトルと対比だと思いました。

 

閑話休題。正直なところ、いよいよ明かされる徹子の秘密そのものはある程度予想がついていたので驚かなかったんですよね。でも、北上次郎さんによる解説に「絶対に驚くぞ」と書かれていたのはきっとそこじゃない。それぞれのキャラクターに合った等身大の言葉で彼ら・彼女らを形づくる作者ならではの――いや、ゆえの。あまりに現実味を帯びた障壁。P243~246にかけてかあっと頭に血がのぼっていく感じ。それが、沸騰して、冷めて、やがて寒気に変わっていく感じ。徹子の秘密そのものではなく、徹子がたった一人でその秘密を背負うことのあまりの重さに、たしかに、驚いてしまうのです。

 

とはいえ、解説は「驚きと感動が待っている」と締められているとおり、護と徹子はそのまっすぐな優しさと不器用な誠実さで、着実に積み重ねてきた過去で、然るべき結末をつかみとっていく。感動しました。ティッシュを4、5枚消費して盛大に泣いた。

 

……とまぁ、あとは未来を知ることは可能性を広げることだ、とか、もっともらしいことを書いて終わるはずでした。驚いた。感動した。解説に書いてあったとおりに。おそらくは、本書を読んだほとんどの読者が抱いたとおりに。

 


 

思考実験だね。読了後、興奮冷めやらぬままその全容を語って聞かせると、知人は遠くを見てこんなことを言ったのです。「今の話を聞いて、未来を予知できる人間がある結果を回避するために未来を改変して、たとえばその過程で誰かが死んでしまったら殺人は成立するのか――ってことを考えてたよ」

 

護と徹子の関係性、「レリーフ」冒頭のおじいちゃん、あるいは小学生の徹子が見たゲームみたいな夢やクロノスの神話が作品を神聖に見せていますが、ハッピーエンドの裏で、恵美が、堅利が死んでいる。とくに、堅利がどんな人間であったかを多分に考慮したとしても。

 

知人は最初「感動に水を差してしまうから」と口にするのをためらったし、事実、聞いてしまったが最後(「大丈夫!」と考えなしに聞いたのは私)もう「感動した」の一言で済ませるのは難しい。その後少し変な空気になった。モヤモヤは翌日も晴れなくて、いっそ感想を書くのをやめようと思った。けれど。

 

私の感想は私のもの。それは間違ってない。でも私が感動したからあなたにも感動を共有してほしかった、という押しつけは、間違っているしスマートじゃない。時間が経つにつれ、やがて可能性を広げてもらったのだと思うようになりました。感動した、そんな安直な言葉で感想を終わらせないための。

 

可能性を広げる、というのは本書にも通じるものがある気がします。誰かに話すということは、誰かを頼るということは、推測される未来にあがく術を増やすことなのだと思う。なるほど、モヤモヤの正体は徹子がたった一人で未来に立ちむかった結果恵美を喪ってしまったこと、それが宿命に抗う徹子と堅利という強烈な悪役によって「仕方のなかったこと」のように扱われている点であり、優しい護と誠実な徹子だからこそもしかしたらつかみとれた、恵美も、堅利さえも救われる犠牲なしのハッピーエンドへの期待だったのかもしれない。

 

私はミルカと共に、カタリをも救ったのだと思っていた。それは思い上がりであり、大きな間違いだった。

 

(P319/L11〜12より引用)

 

この言葉、個人的には唐突に出てきたというか、なんか前後の文脈を考えると違和感があって。でもこの一文あるのとないので徹子が堅利の死をどう感じだかとか印象が変わってくるから、少なくとも徹子には堅利も救おうという気持ちはあったんだろうなと。まぁ、実際はなにもせず(できず)死んでしまって、恵美のとき同様、それに対して未来予知の能力がどこまで責任を追うべきなのかって話になってしまうけど。

 


 

というわけで、結果として『いつかの岸辺に跳ねていく』の感想は「驚きと感動」ではなくなってしまったんだけど。このモヤモヤは「水を差す」ものではなかったし、自分も感想を押しつけず他者の感想を上手く融合させるまでできてよかったです。感動はした。けど、きっともっといい未来にすることはできた。徹子はたぶんそれをいつも頭の片隅に置いているし、たらればと今ある現実と、なにを大事にするかは人によって違う。ひとまずの答えはこれでいいと思う。

 

感動する、という未来は変わってしまったけれど、次の未来はどうなるかまだわからない。次に読むときはもっと多角的かつ柔軟な視点で、感動から先へ、さらに広げていけたらと思う。

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
読んだ小説の感想や考察を書いています。好きが高じて元小説家志望なので、一篇の物語のように心躍る記事が書ければ。ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれます。小説の他に哲学、美術、神話などの学術本も好きです。