Raccoon photo

 

 

 

たぬきがゲン担ぎになっているのをご存知ですか?

 

以前立ちよった神社で知ったことなのですが、
「たぬき」という言葉は「他を抜く」ということで
向上心や商売繁盛のゲン担ぎになっているそうです。

 

となると、
気になるのは相方(?)のきつねですが
調べてみるときつねにもゲン担ぎがありました。
「きつね」と「きっとね」をかけているみたいですね。

 

動物ならきつねもたぬきも愛らしいですが、
私はうどんなら冷たいたぬきうどんが好きです。
シンプルにねぎと天かすと生姜だけでいいです。

 

今年の夏は、
読書ブログで「他を抜く」というゲンも担ごうかな。

 

というわけで、
今回もたぬきのおはなし。
鈴森丹子氏『おかえりの神様』読了です。

 

 

 

素直に順番で読むのがオススメ


 

 

就職を機に
ひとりぼっちで上京した神谷千尋だが、
その心は今にも折れそうだった。

 

些細な不幸が積もり積もって、
色々なことが空回り。
誰かに相談したくても、今は深夜。
周りを見回しても知り合いどころか人っこひとりもいない。

 

……でも狸ならいた。

 

寂しさのあまり
連れ帰ってしまったその狸、
なんと人の言葉を喋りだし、
おまけに自分は神様だと言い出して……??

 

『お嬢、いかがした?
何事かとそれがしに聞いて欲しそうな顔でござるな』

 

こうして
一日の出来事を神様に聞かせる日課が誕生した。

 

“なんでも話せる相手がいる”、
その温かさをあなたにお届けいたします。

 

※あらすじはメディアワークス文庫HPより引用しました。
※1篇目「同居の神様」を立ち読みすることができます。
http://mwbunko.com/978-4-04-892189-3/

 

 

 

前回読んだ『ただいまの神様』が
続編であることになんと途中で気づきまして、
あわてて書店へ走りこちらを購入してきました。

 

ちなみに、
続編のほうを先に読んでも支障はありません。

 

今作登場した川の神様が登場しないのと、
あちらの2篇目の崇司のおはなしで一部、
今作の登場人物が出てくるのでその点は
あらかじめこちらを読んでおいたほうが
楽しめるであろうということだけ注意です。

 

どちらも楽しく読みましたが、
どちらかというと私は今作のほうが好きですね。
なんといっても「同居の神様」の終盤がよかった。

 

 

 

以下、
各篇の感想をまとめました。

 

 

 

それは水中でねむるような息苦しさ


 

 

同居の神様:

 

散々だった誕生日の晩、
勢いあまって拾ってきてしまった、たぬき。

 

しゃべるし、
自分のことは「神様」だと言うし、
なんにでもマヨネーズをかけるし。
ただ、ここにいて、話を聞いてくれるだけ。

 

想いをよせる上司のこと。
偶然の再会を果たした元カレのこと。
プレゼントをきっかけに想いに触れた同期のこと。

 

不思議な「神様」との同居生活は、
突然訪れた“モテ期”に答えを出してくれるのか。

 

 

 

勢いのある一人称、
「お世辞にも美人とは言えず地味」なところ、
肝心なところでちょっと女子力が足りないところ。
神谷ちゃんというキャラクターが私には愛おしい。

 

天野との関係が
安定しているようで儚くも危うくもあり。
見ていてドキドキしたりヒヤヒヤしたり、
散々焦らされ楽しませていただきました。

 

4篇の中で
神様の相槌がもっとも優しく感じられて、
神谷ちゃんが選んだ結末もじんわりきて、
最後の夕食風景には胸がキュッとなりました。

 

個人的にはこのおはなしが一番好きです。

 

 

 

銭湯の神様:

 

趣味である銭湯通いで出会った、
馴れ馴れしくて妙な言葉遣いの少年。

 

「神様」と名乗る彼が手にしているあの財布は、
自分が想いをよせている神谷の財布ではなかったか――?

 

神谷と彼の言葉から
次々と浮かびあがってくる疑念。
もしかして2人は同棲するような間柄?

 

だったらどうする。
彼女の幸せのためなら、
僕はこの想いをあきらめられるのだろうか。

 

 

 

同性として
神谷ちゃんもすごくかわいいんですけど、
男性キャラではダントツで天野が好きです。

 

神谷ちゃんも天野も大好きだから、
2人の想いが交錯するのがもどかしくて
何度も文庫本をねじりそうになりました←

 

天野は良くも悪くも大人で、
理性があって感情を抑えることができる子だけど、
ときにそれは彼自身を苦しめる足かせにもなって。

 

水の中でねむるような。
静かに、穏やかに、ゆるやかに息がつまっていく、
なんだかそんな心地がして天野を想うだけでもう
胸がはりさけそうなんです。これが恋か。春ですね。

 

 

 

晩酌の神様:

 

「ふざけておいでか」

 

酒のつまみにチョコレート。
普段甘いものは食べないのだけれど、
チョコレートを選ぶのには理由がある。

 

忘れられない、
20年前の“レンちゃん”との淡い思い出。

 

気がつくと俺は、
誰にも話したことのないこの想いを
チョコレート好きのビーバーに語りはじめていた――。

 

 

 

詳しい事情は
次の「甘味の神様」で明らかになるんですが
信也が長年想いをよせていた“レンちゃん”のオチが
ああとは個人的にはちょっと納得がいかなかったです。

 

可能性としてはなくはない話ですが
あまりに突飛というか無理がありすぎますよ。

 

まぁ人となりを見るに、
別の結末があったとしてもいずれにせよ
時間をかけてゆっくりと彼女への想いを
昇華させていくんでしょうね、信也なら。

 

昔読んだ『僕等がいた』という漫画に、

 

忘れなくたっていーじゃん
大事に心の隅の箱にしまっておいて
それで時々箱を取り出して
ふたを開けて懐かしめばいいんだから

 

と言ったキャラがいました。

 

未練を断ち、
きれいさっぱり終わらせるだけが恋じゃない。
なにか残る・残す恋があってもいいと思います。

 

 

 

甘味の神様:

 

布袋由利佳(31歳・独身)。
20年間恋焦がれる〈運命の人〉と結ばれるため、
現在あの手この手で暗躍中、…だが、なかなか
思いどおりにいかずその関係は進展していない。

 

そんなとき、
偶然立ちよったあるフランス菓子の専門店で由利佳は
チョコレート菓子ばかり食べる奇妙な女の子に出会う。

 

チョコレート中毒の彼女は
自分のことを「神様」と名乗り、しかも、
彼の過去のことまで知っているようだ。

 

私を「社交辞令さん」と呼ぶ彼女は一体何者?
そして難航している由利佳の恋は成就するのか。

 

 

 

正直言うと、
最初は由利佳の印象は良くなかったです。
嘘も情報操作もするし人も使うし結構な策士で、
相手の気持ちを考えるとひどいことをするなと。

 

だけど読みこんでいくと次第に、
彼女が秘めている現実の重さと
揺るぎない覚悟が垣間見えて切なくなってきて、
結局なんだかんだで応援してしまうんですよね。

 

私は、
知らなくてもいいことは知らないままでもいいし、
場合によっては嘘も必要だと思っている人なので、
墓場まで持っていくというのなら彼女を糾弾したくないです。

 

彼女の杞憂だと思うんですけどね。
私は由利佳の覚悟も彼の想いも信じています。

 

 

 

選ばなかったものに意味はあるのか


 

 

長年こうも延々小説を読んでいると、
費やした時間とお金がまるで無駄に感じるような
まったくハマらない小説というのも当然あります。

 

そうした小説たちは
あるときにまとめて処分してしまうんですが、
不思議なことにブログや会話においての話題としては
機能して必ずどこかでなにかにはつながるんですよね。

 

たとえ一時の話題のために
頭の片隅に残された「情報」になってしまったとしても、
読んだ意味はそこにちゃんとあるんだと気づきました。

 

今回のおはなしは、
誰もが大切な人のためになにかを選んで・選ばない。
取捨選択がテーマの1つになっているように感じました。

 

上手くいかなかった恋に意味はあるのか。
消えていってしまうものはなかったことと同じなのか。

 

こんなことを言っていたのは
たしか漫画『ハチミツとクローバー』の竹本君ですが。

 

神谷ちゃんたちが
選ばなかったもの・ことにもきっと意味はあって。

 

だからどうか、
この静かな苦しみや淡い痛みが
彼女たちの幸せの種となっていつか必ず花開いてほしい。

 

――と、神に祈らずにはいられないのです。
マヨネーズ好きの、あるいは、チョコレート好きの神様に。

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
小説を書いたり、読んだ小説についてあれこれ考察をするのが趣味です。雑食のつもりですが、ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれがち。小説の他に哲学、心理学、美術、異形や神話などの学術本も読みます。