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堀内公太郎『タイトルはそこにある』を読みました。「担当編集者が繰り出す五つの難題を前に、鬼才はいかなる作品を書き上げたか?」という帯の宣伝文句に惹かれて購入しましたが、うーん、小説技法としての個性や巧さには目を丸くするものの物語性に乏しく思っていたような読後感を得られませんでした。とはいえ、これは私が勝手に期待の仕方を間違えてしまっただけなので感想は責任を持ってしっかり書きます。

 

 

 

リアルな人間関係…?

登場人物は少人数に絞る。回想、暗転、一行アキ一切なし。会話文のみ。独白リレー。――「次のお題はこちらです」担当編集者が次々に提示する難題に鬼才はどう応えるのか? ベストセラーとなった『公開処刑人 森のくまさん』の著者が贈る、艱難辛苦の作品集。巻末には本書の成立過程を記したあとがきを収録。

 

※あらすじはカバー袖およびhttp://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488020026を参考に作成しました。

書店の棚差しの中からたまたま見つけたんだったかな。『公開処刑人 森のくまさん』や『だるまさんが転んだら』という他の著書に聞き覚えはあるものの、初読の作家。もともとの分母はそう多くありませんがワンシチュエーションや会話文のみといった縛りがある小説が好きで、かくいう私もそういう縛り小説は何作か書いた経験があるので、そういう方向からの興味で手を伸ばした次第。

 

そういった、たとえば提示されたお題が活かされているかとか、タイトルの巧さだとか、話を二転三転させるテンポのよさといった小説技法の面ではたしかに楽しませてもらいました。あとがきと併用すれば実例つきの小説の書き方指南書を読んでいるかのようです。読み心地や読後感は青崎有吾『ノッキンオン・ロックドドア』が近かった。自分で推理したりトリックの質を優先してミステリーを読む人であれば楽しめる作品集なのではないでしょうか。

 

ところが、気になってしまうのは登場人物たちの人間関係や物語性。後に各作品の感想でも詳しく触れますが、どうしても“このお題を活かすためにつくられた人間または物語”であるという、フィクション感、フィクション臭さが拭いきれません。あくまで個人の感想ではありますが、あまりにもあっけなく簡単に人が死に、登場人物はおおむね性格や人間性に難あり、どこにも感情移入できぬまま幕が下りていることがほとんどでした。

 

仕掛けを楽しむものだと割りきって読むこともできたのですが、カバー裏の著者プロフィールに「リアルな人間関係にトリックを仕掛ける作風で人気を博す鬼才」と書かれているから始末が悪い。何度か首をかしげながら、これがリアルだというのなら大人の世界は悲しくてやりきれないなと思いました。私はもうその大人の世界とやらに両足首浸かってるくらいの年齢なので手遅れなんですけどね。足なのに手遅れ。はい。

 

 

 

さぁ、舞台の幕が上がる

主役のいない誕生会

早乙女あやが失踪してから二ヶ月。彼女の友人代表を名乗る謎の人物から送られてきた早乙女あやの誕生日会への招待状に導かれ、黒木、佐々木、賀川、玉井、彼女と親しい間柄にあった4人の男と、佐々木に連れられてやってきたあやの後輩・桃が集まった。主役不在の誕生日会。あらわれない手紙の差出人。そして5人の会話から明らかになるあやの失踪の真実とは――。

お題は、演劇を扱った中編であること、そして、4~5人程度の登場人物であること。

 

ひとつの舞台、そこに集まった人々のみで展開され、衝撃の事実が次から次へと……、というシチュエーションは映画『キサラギ』を彷彿とさせました。なつかしいな。また観たい。DVDもノベライズも持っていたはずなんだけどどっちも手放してしまったんだよなぁ。

 

 

展開はちょこちょこ読めてしまったのですが、まぁ、テンポはよかった。ただ、先にも書いたようにあやさんを基軸とする人間関係はどうも嘘くさいというかフィクション感だという違和感がまとわりつき、没入感がほとんどないままあっさり終わってしまったのが残念です。もっと推せるキャラクターがひとりふたりいればハラハラ読めたような。失踪した当のあやさんにすら同情する隙がなかった。それとも単純に私が冷めた人間なのだろうか。

 

思いっきりネタバレになるので引用することができませんが、最後の黒木の言葉は気の利いたことを言っていてかなりよかったです。

 

 

 

ニンジンなんてキュウリなんだよ

恋人の栞から唐突に告げられた結婚式の日どり。あと三ヶ月。こっちはそんな話聞いていないし、彼女が勝手に予約してきたくせにキャンセルすれば30万円も払わされてしまう。急に結婚だなんて、彼女はいったいなにをそんなに焦っている?2人のあいだに流れる微妙な空気。そして共通の友人・アンナの登場によってクリスマスイブの夜は衝撃の暴露大会へ--

お題は、登場人物は3人で、回想や場面変更なし、一行アキもなし、ワンシチュエーション・ミステリであること。

 

読み終わってまずはタイトルの巧さにうなりました。全体に張りめぐらされた複雑な仕掛けの緻密さと慎重さに作者の力量を感じます。小宮や栞と一緒になってアンナに存分にふりまわされるのはワクワクすらして楽しかったけど、物語の動機となる部分がほとんど先ほどの「主役のいない誕生会」と変わらないので読後感がかぶってしまうのは惜しい。またこういうのか。堀内氏のもともとの作風なのでしょうか。

 

オチはしっかりつきますが、フィクションと割りきれば笑えるのであって、没入すればするほど居心地が悪くなる作品です。しつこいようだけどこれを「リアルな人間関係」とは言ってほしくない。人間こんなのばっかりなの?と悲しい気持ちになってしまう。2ちゃんのまとめを読んでいるような心地でした。私もなんだかんだ後味の悪い話スレとか読むのは好きだけど、こういうのはたまに1つ2つ読むから効くのであって、連続してガッツリ読むものじゃないなとつくづく。

 

会話メインの小説なんだしあまり気にしなくていいことかもしれないけど、欲を言えば、地の文が出てきたとたんにテンポが悪くなって蛇足気味に思えるところがいくつかあったので、そこらへんもうちょっと丁寧に書いてほしかった。まぁしかし本書で一番印象に残った作品です。

 

 

 

おしゃべりな男たち

役者の夢を追いかける弟と世間から「強欲弁護士」と揶揄される兄。静かに対立するふたりのあいだに横たわる“秘密”の気配。おまえはなにを隠している?暴きあいの会話が紡ぎだしたある真実を前に兄弟がとった行動とは。家族とは、かくも愛しく、憎く、難解なものである--。

お題は、登場人物2人会話文のみで書かれた作品であること。

 

弟くんはあまりにも稚拙で目も当てられぬほどのクズ。一方、兄さんのほうも諸々の事情を汲んだうえでそれにしたってあまりに冷徹。作品全体におけるまどかさんの扱いも雑で気の毒すぎる。あまりの状況に思わず笑ってしまいました。

 

これが伏線になるのかなと予想しやすく真相や結末に驚きはあまりありませんが、うん、シンプルにすっきりまとまった読みやすいミステリーだったのではないでしょうか。

 

最近テレビ東京の「リビングルームにて」というショートドラマを観たのですが、あんな感じで夜中にサクッと映像で観たいです。そういえば弟くんの白々しさはこのドラマの彼氏に通じるものがあるわ、なるほど。

 

 

 

 

雪月花の女たち

風見鳥かざみどり悠人ゆうとが死亡し、彼と交際していたある姉妹が事情聴取を受けることに。高身長でルックスもよく、有名広告代理店で働き、ふるまいもスマートな彼は、しかしその裏で彼女たちを巧妙に騙しながら姉の雪子と妹の花子、どちらとも交際していたのだ。そんな折、彼は姉妹に不可解なメッセージを残し、青酸カリを服用して死亡。多額の借金。姉妹にバレた浮気。はたして彼の死は自殺か、それとも――。

お題は、出番が終わったらふたたび語ってはならないというルールのうえでの3人の女性による独白リレー(できれば全員が主人公であること)

 

可能性のひとつとして予想はしていたので、オチは「そうきたか」という感じ。ひたすら風見鳥くんが悪でとにかく救いようのないおはなしでした。最後に明らかとなる事実を理解したうえで読み返すとなるほどよくできてるなと。おもしろい。言葉遊びとしてはね。

 

ところで作中に風見鳥さんはナース服が好きだったという話があるのですが、あれ、今は看護師みんな男女差がないようにズボンで統一してるんじゃなかったっけ。ナース服が今も健在のところってあります?それとも風見鳥さんはそこもふまえたうえで興奮するというなかなかニッチな変態上級者なのだろうか。制服の話があったしここは旧式のスカートタイプのことを言っているのだと思ったけど…うーん?

 

細かいしどうでもいいところが気になってごめんね。これが文系クソ真面目読書オタクの悪いところ。

 

 

 

タイトルはそこにある

月に一度、レストラン〈邉見開心堂へんみかいしんどう〉で行われる〈おやどりの会〉の集まりで今宵一堂に会した男女4人。今回の議題は大御所舞台作家・馬場岩男の最後の作品にして彼の妻であり大女優の片岡加奈子の主演が危ぶまれる台本のタイトル当て。加奈子は彼らが導きだした“正解”に納得ができなければ、たとえ夫の遺作であったとしても舞台に出演しないというのだ。果たして台本のタイトルは明らかになるのか、そして、彼女の出演は叶うのだろうか――。

※ネタバレ防止のため該当箇所(【 】内)は白字表記にしています。

 

編集者からのお題も「?」とされていますし(どんなお題だったかはあとがきに記載されています)、しょっぱなから読んでのお楽しみという演出なので、残念ながらほとんど作品に言及できません。

 

加えて、個人的には最終話にも関わらず一番しっくりこなかった作品で、あまりに感想が浮かばなかったのであとがきを読んだのですが、そもそも【アイザック・アシモフ『黒後家蜘蛛の会』を知らないので】そういう側面すら楽しめなかった。悲しい。

 

こればっかりは「実際に本書を読んで楽しんでね!」としか言えません。

 

 

 

ツンデレだから

自分が物語性を重視して読む派だからとブーブー文句を言ってしまいましたが、構成面では本当に感嘆するほどよく練られた作品ばかりなので、これから読む人にはぜひどこに注目すべきなのかを把握したうえで私以上に本書を楽しんでほしいですね。何様。

 

あとがきの最後では次回のお題は…なんて話がチラと出てきましたが、さて、次回作、はたしてあるのでしょうか。本書とのつきあいかたはもうわかったので、もし次回作が出ても大丈夫。もっと楽しめる。というわけで、次回作が出たら私はなんだかんだ買って読むんじゃないかなと思います。ツンデレなの。

 

それでは、次回作があったらまたそのときに。

 

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
小説を書いたり、読んだ小説についてあれこれ考察をするのが趣味です。雑食のつもりですが、ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれがち。小説の他に哲学、心理学、美術、異形や神話などの学術本も読みます。