factory chimney photo

一條二郎『レプリカたちの夜』を読みました。突然ですが、私は子供の頃、父に足首をつかんでそのままブランコのように前後に揺らすかぐわんぐわんぶんまわしてもらうのがめちゃくちゃ楽しくて好きでした。公園にもそういうぶんまわし遊具あったけど今は撤去されちゃったなぁ。鳥かごみたいなやつ。どうしてそんな話になるかというとそういう小説だったからです。投げっぱなしジャーマン。話を聞いた知人からブログタイトルは「投げっぱなしジャーマン」にしろと言われました。動画で確認したけどだいたい合ってる。

 

 

 

縦ブロックはやってこない

動物レプリカ工場に勤める往本がシロクマを目撃したのは、夜中の十二時すぎだった。絶滅したはずの本物か、産業スパイか。「シロクマを殺せ」と工場長に命じられた往本は、混沌と不条理の世界に迷い込む。卓越したユーモアと圧倒的筆力で描き出すデヴィッド・リンチ的世界観。選考会を騒然とさせた新潮ミステリー大賞受賞作。「わかりませんよ。何があってもおかしくはない世の中ですから」。

 

出典:https://www.shinchosha.co.jp/book/121651/

あらすじからフルスロットル。まず〈動物レプリカ工場〉というスタート時点からロケットスタートをかまされ物語に大きく差をつけられます。絶望です。卓球部のペーペーが運動会のリレーで第1走者に抜擢されてしまいしぶしぶ練習に出てみたらバスケ部や陸上部が勢ぞろいしていたときぐらいの絶望感。実話。

 

帯によれば第2回新潮ミステリー大賞を受賞した作品だそうで、まぁ当然、主人公・往本はレプリカ工場で遭遇したあの動くシロクマ・・・・・・はなんだったのかという謎を突きとめるために(半ば強引に)調査をはじめるし、最後には一応真相が用意されてはいます。が。

 

「え、どうして調査しなきゃいけないんですか?」
「だって工場長に指示されただろ」
「そんなの知りませんよ」
「いつもの仕事はいいから、シロクマを調査しろっていわれたじゃないか」
「工場長とは話していません。へんなこといわないでくださいよ」

 

(P36/L3~7より引用)

 

同じ空間にいたはずの同僚とまったく話が合わないし、

 

「ききたいことがあるんだけど」
「あれはただの製品名だっていったじゃん」
「なにが?」
「炭素、窒素、リン」
「なにそれ」
「まえもきいたじゃん」
「なにを」

 

(P39/L8~14より引用)

 

別の同僚に質問しようとすると「前にも訊いた」と怒られる。

 

主人公のくせに序盤から往本をまったく信用できない。なにこれ往本がおかしいの?それとも往本のまわりがみんなおかしいの?世界がおかしいの?第1コーナーをまがっても埋まらない、むしろもう清々しいほどに広がっていく、読者と物語の差。私はこの心地を知人に説明するとき「テトリスであとは縦ブロックさえくればと焦れながらまわりに他のブロック積んでるときのあの感じ」と喩えましたが、ええとつまり、出くわす謎は謎のまま最後まで蓄積されていくので1/3読んだくらいの段階で「?」が「???」ぐらいになる。最後は「?????」ぐらいになってる。

 

そして、これは読者の理解力や想像力によりますが、私の場合は最後の最後まで読んでも縦ブロックはやってこなかった。疑問がほとんどあんまり解決しないまま足首つかまれてぶんまわされたあと、最終的に、ふっとばされて星になりました。あまりのことにもう笑ってしまった。草野原々『最後にして最初のアイドル』を読んだときにも思ったけど、私は、エンジン全開で終始わけがわからないめちゃくちゃな作品が1周まわって好きなのかもしれない。楽しくなっちゃう、そういうの。

 

伊坂幸太郎氏も帯にて『ミステリーかどうか、そんなことはどうでもいいなぁ、と感じるほど僕はこの作品を気に入っています』と言っているし、解説の佐々木敦氏までもが『「ミステリー」であるかどうかはともかくも、本作は「小説」として無類の魅力を持っている』とか言う始末なので、既存のミステリーとして楽しもうとしない、そこは前提条件として理解する必要があります。

 

 

 

哲学好きは登場人物の言葉に注目!

散々な言いようですがそれでも本書を推す理由は、哲学や思考実験の話が好きな私にとって、大変興味深い文言が随所に散りばめられているからです。先の引用にも登場した、往本の同僚で粒山という男性と「うみみず」という女性がいるのですが、彼らの会話劇が個人的には本書最大の魅力だった。特にうみみずのキレのよさはいい。

 

ちょっと絵が得意なやつに絵を描かせるとかならず陰影をつけたり遠近つけたりするよね。自動的にさ。あれ、すごいむかつく。もっとほかにあるだろって。なんの発見もない。

 

(P71/L12~14より引用)

 

作中もっともシビれたうみみずの言葉。本当は15行(!)にもおよぶ長ゼリフなのですが、個人的に物語の核心を突いているなと感じたこのフレーズを引用してみました。

 

粒山の人間賛歌な主張の数々や工場長の自我に関する長ゼリフも読んでいておもしろかったのですが、奇しくも去年は動物の権利について書かれた難しい本を読んだので、やっぱり人間は特別な生きものではないと主張するうみみずの言葉が一番しっくりきたかな。往本を含め皆個性的で千差万別な思想を持っているので、どこかで必ず、自分なりに考えてみるきっかけをくれますよ。小説にテーマを求める人には読み応えのある作品だと思います。

 

なぜ〈動物レプリカ工場〉が舞台となったのか。なぜ往本が目撃したのはシロクマだったのか。タイトルの真意。そしてあらすじを締める「わかりませんよ。何があってもおかしくはない世の中ですから」という言葉(ちなみにこれは作中で粒山が発する言葉)。

 

SF、もしくはディストピア、あるいはプロレタリア?のような雰囲気をかもしながら、哲学めいたことを言ってみたり、ときにレコード時代の音楽知識まで披露しながらめちゃくちゃに進んでいく本書ですが、もちろん物語はある結末には到達します。なにかにつけてドラマ化・映画化、変わったことをしてバズれば右に倣え、模倣やコピーや借りものばかりの昨今に辟易しているクチなので、最後のシーンは小骨のようにのどにつかえて考えさせられました。

 

 

 

シロクマシロクマを呼ぶ

ところでサムネに使うシロクマの画像を探しているときに気がついたんですが、あ、これもしかしなくても鈴森丹子『シロクマ係長の奇跡』につづいてまさかのシロクマ小説選んじゃったんじゃ?まったく意図してなかった。偶然ってこわいね。

 

なかが空洞になっているのはシロクマに特徴的なものだ。内部に空気を蓄積することで断熱効果が生まれ、寒さをしのぐことができる。

 

(P33/L13~15より引用)

 

「ご存知ボクは、白熊です。白熊の皮膚は、黒いんですよー。因みに毛は、白じゃなくて透明色なのはご存知ですか? 嘘も白黒もつかないのが、ご存知、ボクです」

 

鈴森丹子『シロクマ係長の奇跡』(P38/L13~14より引用)

 

ブログに書くことを探すためパラパラ読みかえしていたらどちらも共通してシロクマの毛について語っているのを発見して偶然の一致がおもしろかったです。毛が白く見えるのは光が反射しているからなんだっけ?かたやファンタジー(自称)、かたや驚異、同じシロクマといえど物語の中でまったく違う役割を担っているのでシロクマ好きの人は2冊読み比べというのもいかがでしょうか?

 

次は中島さなえ『わるいうさぎ』を読もうと思っていたのですが、シロクマは離れても動物ジャンルがつづいてしまうので、予定を変更して違うものを読もうかな。

 

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
小説を書いたり、読んだ小説についてあれこれ考察をするのが趣味です。雑食のつもりですが、ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれがち。小説の他に哲学、心理学、美術、異形や神話などの学術本も読みます。