ショーニン・マグワイア『砂糖の空から落ちてきた少女』(原島文世・訳)を読みました。ジャックとジルによる前日譚『トランクの中に行った双子』をはさんでふたたびナンシーやケイドたちと再会しましたが、……うーん、個人的には『トランクの中に行った双子』≫『不思議の国の少女たち』>本書かなぁ。菓子の国とか正真正銘ファンタジー大冒険だったはずが思っていたよりあっさりした読み心地だった。というわけで、感想も個人的な感想メモの内容をまとめたとめのないものになってしまいましたが、読んでいただけるとうれしいです。
ここはウサギの穴に落ちたり、鏡をくぐり抜けたりして異世界へ行き帰ってきたものの、現実世界に適応できない子供たちの学校。ある日学校に空から少女が降ってきた。彼女は死んだはずの生徒スミの娘と名乗る。そしてスミを取りもどさないと自分が消えてしまうというのだ。そこで、スミの友人4人が死者の世界に旅立つが……。ファンタジーの醍醐味を凝縮した3賞受賞シリーズ完結篇。 ――文庫裏より |
1作目『不思議の国の少女たち』がナンシーをはじめとした“向こう”に帰りたい少年少女、つまりファンタジー小説の中で異世界を旅したフィクションの人間を主人公にしているとしたら、2作目『トランクの中に行った双子』で現実→異世界→現実と旅路を歩んだジャックとジル姉妹はフィクションの人間と小説という異世界に逃避する読者(ノンフィクション)のメタファーの両方を兼ねていて、その過程を経て「大人でもウサギの穴に落ちたり魔法の衣装ダンスに迷い込んだりすることはあるが、年を重ねるにつれてどんどんその機会は減っていく」なんて調子ではじまる本作は読者(ノンフィクション)単体に宛てた物語へと帰結したように、個人的には感じました。
「その時点であきらめるんだ」ケイドは淋しげな表情になって言った。「そこが“自分をほしがらない世界のために生きるわけにはいかないから、手近にある世界で暮らせるようになったほうがいいんだろうな”って観念する時期なんだよ」
(P26/L3~5より引用)
読者にとっての〈扉〉とは彼らが恋焦がれる異世界とまったく同じでなくていい。夢、希望、理想。社会の意地悪な論理によって閉ざされた可能性。この〈扉〉の存在を知っている人にとって、本書の純真な言葉は非現実的な世界の中にありながら現実の心に迫ってくる。
ひとつしか方法がないって言うときには、信じられないぐらい馬鹿なことをするのにそう突っ込まれないですむ言い訳がほしいときだけよ。
(P70/L12~14より引用)
空から降ってきたし服も霧散したのに「かわいいでしょ」と謎の自信で堂々と少年少女たちに裸体をさらすエキセントリックな新キャラ・リニのこんな言葉も印象的だったし、
「ばかみたいだけど」
「それはあなたの使命じゃないからよ」ナンシーは言い、それは欠けるところのない単純な真実だった。装飾もつけたしも必要ない。
(P87/L8~10より引用)
正直なところ『不思議の国の少女たち』の結末にはこれまで全肯定できなかったけれど、本書でふたたびナンシーと再会して、ようやく受けいれることができたり。極めつきは沈んだ世界〈ベリーレカ〉を想う少女・ナディアのために作者が綴ったこの言葉。
捜し方を知ってさえいれば、世界にも思いやりがあるのだ。扉を否定しはじめないかぎり。
(P235/L10~11より引用)
ウサギ穴に転がり落ちたことも、鏡を通り抜けたことも、竜巻にさらわれたこともないけれど、歳ばかりが大人になってしまった私の前にあらわれてくれる〈扉〉がまだあるかもしれない。そのときには正直に開けてしまっていいのかもしれない。本を閉じたときにはそんな勇気がわいてくるおはなしでした。
さて、フィクションとノンフィクション、「小説」を介在してこの両者に共通するのは、おたがいのあずかりしらぬところで今なお“世界”はまわり“現実”がつづいている、ということ。
私はただのキャンディコーン作りの農夫だ。この劇での役割は、母さんを好きになっておまえを育てたことだけなんだ。
(P181/L7~8より引用)
本を開けば、作者の意思を伝えるために彼らは何度でも私たち読者のためにその「劇」と「役割」を演じつづける。そんな彼らのために私たちがするべきことは、憐れむことではなく、きっとそこに意味を見出しつづけること、ではないでしょうか。
最近縁あって知人が出演する舞台を観劇してきたのだけれど、演劇というのは、端役ひとりとっても舞台上で誰かと同じ動きをすることがない。まったく同じシーンでも視線を移すだけで得られる情報がまるっきり変わるというのがとてもおもしろくて、それはたぶん、小説という演劇においても同じ。
たとえ決められた筋書きであっても、役者に、世界に、物語に、私たちは毎回違った意味を見出すことができる。――そうして彼らと彼らの世界を愛しつづけることが、フィクションを生きる彼らの、せめて救いになっているといい。
本書の内容や感想をまとめるのはなんだか難しいのですが、最後はそんなふうに、思いました。