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ショーニン・マグワイア『トランクの中に行った双子』(原島文世・訳)を読みました。以前読んだ『不思議の国の少女たち』の続編ですが、おなじみジャックとジルを主人公に2人がエリノアのホームに来る前の、ヴァンパイアの世界に行った当時の物語なので前日譚と言ったほうがいいでしょう。現実の世界にありながら非現実の世界によりそった前作に対し、こちらは非現実の世界にありながら現実の世界によりそっていた印象、そして残酷で美しい物語でした。

 

 

 

ただひらすらに“きょうだい”のおはなし

ジャクリーンとジリアンは双子の姉妹。ジャクリーンは母親の希望通りかわいく、ジリアンは父親の期待を背負い活発に育った。だが実のところ、ふたりとも押しつけられた役割にうんざりしていた。そんなある日、双子は空き部屋のトランクの中に階段を発見する。冒険心に突き動かされて階段を下ったふたりが見たのは、赤い月に照らされた奇怪な世界だった。

 

――文庫裏より

「双子」というものにあなたはどんなイメージを抱いているだろう。容姿はまったく同じなのに性格は正反対。あるいは、好みがまったく同じだったり、テレパシーめいた神秘的な絆があったり。時を同じくして生まれてきた2人。そこに私たちは特別なものを感じ、しばしば、特殊な性質を見出そうとする。本人たちの意思などおかまいなしに。

 

周囲に褒めそやされ称賛される手段としてスターテスのために子供を望んだウォルコット夫妻と、彼らのそれぞれ異なる期待を受け“役割”を与えられて育ったジャクリーンとジリアン。息のつまるような2人のバックグラウンドを知ったのち、読者はいよいよ彼女たちとともにヴァンパイアの世界へ行くことになるのですが、思うにこの小説が「ファンタジー」に分類されることはそれほど大した問題じゃない。祖母の遺したトランクの中にあった奇怪なヴァンパイアの世界。非現実的な世界の中で、本書はどこまでも、ただひたすらに双子――“きょうだい”のおはなしなのです。

 

 

 

私たちは残酷で愛おしく、危うい

兄妹、姉弟、兄弟、姉妹……どんな組みあわせでもかまわないけれど、とにかく、このブログにわざわざ「兄弟・姉妹」というカテゴリーを設けるほど小説における“きょうだい”という関係が好きだ。血を分かちあった唯一の存在であり、「親」ではない家族であり、自分と似ているようにもまったく違うようにも感じるその危うい存在は築きあげる関係によって強力な絆で結ばれた相棒にも恨みと憎しみを伴う他人にもなりうる。

 

ほかの子どもたちはまぜこぜであることが許されているのだ。きたないとき清潔なとき、うるさいとき行儀のいいとき。それなのに自分たちは、どんなに大変でも、どんなにほかのものになりたくても、ひとつしか許されない。

 

(P56/L13〜15 , P57/L1より引用)

 

ジャクリーンやジリアンに比べればとても些細な話だけれど、私にも3歳年上の兄がいる。年頃を迎えた男の子が皆おおむねそうなるように、兄もまた次第に家族と過ごす時間が少なくなり、「子はかすがい」の“役割”は妹であり末娘の私ひとりが担うようになった。もちろん直接誰かが「やれ」と命令してきたわけじゃない。だけど両親は感情が表に出やすい人たちで、とばっちりを受けたくない私は、ことあるごとに両親の機嫌と場の空気に細心の注意を払い、家族の団らんや調和を極力重んじてきた。ムードメーカーが自分に合っていないことなんて、本当は、自分が一番知っているはずなのにね。

 

あなた、、、に話しかけるとあの子、、、がやきもちを焼くのよ。

 

(P187/L11より引用)

 

だから、彼女たちが「双子」ではなくそれぞれ「ジャック」と「ジル」になっていく変化の第3部にすごく共感してしまう。きちんと社会生活を送り、円滑な人間関係を築いてみせ、家に縛られることなく人並みの自由を得た兄を、私もときに、複雑な感情で見ている。別々の生きかたを選んだジャックを遠くから想い「やきもちを焼く」ジルのように。

 

「そんなことを許しておけるものか」兄、姉、あるいは弟や妹のふるまいと周囲の反応にそんな感情を抱いてしまうことは、“きょうだい”を持つ人ならきっと、少なからず経験があるでしょう。ジャックとジルは異国の地に生まれた少女であり、通常の人間が見つけさえできない扉をくぐって5年近くの歳月を異世界で過ごし、まして、そもそもがフィクションの産物だ。それでもたしかに私たち“きょうだい”の誰しもに横たわる問題と本質を抱えている。

 

くりかえしになるけれど、ジャンルや設定などは大した問題じゃない。2人と同世代の少年少女たちにも、“きょうだい”を持つ人にも、また“きょうだい”の子供を持つ親御さんたちにも、ぜひ満遍なく読んでほしい、残酷で愛おしい物語です。

 

 

 

ハッピーエンドの答えは

というわけで『不思議の国の少女たち』の前日譚となる『トランクの中に行った双子』を読みましたが、前作からもともとジャックが好きだったことに加え、ミステリアスな雰囲気があったジルの人間らしい感情を垣間見ることができ、そして2人が前作でのキャラクターへ行きついた過程を知ることができたので個人的には本書のほうが熱中度はありました。もちろん本書をいっそう楽しむために前作があるわけなので、順番としては素直に前作から本作へ進むのがベター。とくにジルに対する印象が少なからず変わると思います。私は本書の読後、ジルにすごく親近感を覚えた。彼女に触れるのは痛みを伴うけれどとても愛おしい。まさしくバラのような女の子ですね。ラストシーンでジャックが彼女に抱く複雑な感情はたしかによくわかる。

 

祖母が遺したトランクの中にあった奇怪なヴァンパイアの世界。仮にそこを2人が存在しえたもうひとつの世界、望みどおりなにもかも逆さまになったパラレルワールドと解釈するなら、トランクという物を閉じこめる物体は開放する扉となり、2人がおりていった階段は「おりた」のではなく、さしずめ成長の階段を「のぼった」ことになるのでしょうか。ならば最後にふたたびあらわれる扉、そして階段。これの意味するところは――。

 

前作同様、私たちはまたしても、なにがジャックとジルにとってのハッピーエンドだったのか、を考えることになります。正しかったのはジャックかジルか。彼女たちを導いた科学者と王は善だったのか悪だったのか。祖母が遺したトランクの中にあったヴァンパイアの世界、そこにあったもの、そこで過ごした歳月は、幸せだったのか不幸だったのか。

 

前者のほうに同情の気持ちがかたむくとしても、しょせんわれわれは人間にすぎない。この場面を人間の目で捉え、自分なりに判断を下すしかないのだ。

 

(P216/L7~8より引用)

 

答えは、私たち一人ひとりの中に。

 

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
読んだ小説の感想や考察を書いています。好きが高じて元小説家志望なので、一篇の物語のように心躍る記事が書ければ。ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれます。小説の他に哲学、美術、神話などの学術本も好きです。