野崎まどの小説はおよそ7年前に『なにかのご縁 ゆかりくん、白いうさぎと縁を見る』と続編読んで以来だったけど、『小説家の作り方』もおもしろかった。とにもかくにも私は小説が好きだ。それを再認識させてくれたことに、自分がこの小説と出会って、読んだ意味があったのだと思う。

 


 

主人公とは、物語に多大な影響を与える言うなれば最も大切なファクターでしょう? その主人公の、中でも重要な要素である《性別》を、何も考えずに簡単に決定してしまっていいのですか? いやよくない! 主人公が男か女かできっと物語は一八〇度変わってしまう事でしょう。

 

(P71/L3~7より引用)

 

本作のヒロイン・紫さんが〈キャラクター〉にひどくこだわっているところに象徴されるように、小説というのは人生を一から創造するという点で、もはや1人の人間そのものだと私は思う。小説を書くたび、私は1人の人間を生みだし、その人生を背負っている。

 

「ある小説家の話ですが、初めて近親者の葬式に参列してからというもの、人の亡くなる話は一切書かなくなったそうです」

 

という言葉を、読んでいるときは思いだしていました。中学生の頃によく出入りしていた小説家志望向けのとある掲示板で、なにかの折りにいただいた返信内容。中学時代は『Fコース』まで山田悠介の作品を追いかけていた私なので、当時、人が死んでしまう話ばかり書いていたんですよねぇ。これ以降、作風がガラリと変わります。意味のある、価値のある、できれば幸せな小説を書こう。小説とは苦しみから生まれる言葉だから。あのときから、小説に対する意識の根底にあるのはずっとこの言葉です。

 

全部正解なんです、、、、、、、、。この世界に存在する全ての言葉が正解です。どんな言葉でも、どんな文字でも、小説の、プロットの、最初の言葉になる事ができる。だから間違いを書いてしまう事なんて絶対にない。

 

(P74/L8~10より引用)

 

私が17年もの歳月をかけて積みあげてきたとても大切なことを改めて強く意識させてくれるから、この小説は好きだ。

 


 

「何が必要なのかは私にも分かんないですよ? きっと色んな物が必要なんだろうなぁと思います。でも、これだけは絶対に必要だと思ってる物が二つあるんです。それが“小説を読む事”と”小説を書く事”です。たくさんの小説を読んで、たくさんの小説を書いて、小説の事を知る、小説の全てを知る、その先にこそ“この世で一番面白い小説”はあるんです」

 

(P105/L9~12より引用)

 

「この世で一番面白い小説のアイデアを閃いてしまった」という紫さんの言葉に端を発して物語は進むのですが、さて、そもそも「この世で一番面白い小説」とはいったいどんな小説なのでしょう。……じつはそれほど大仰なものではないんじゃないかと、個人的には思います。

 

「この世」という言葉には、自分の属する組織で見た世界、自分と自分にとって重要な人々だけを括った世界、二通りの使いかたがあります。物実さんや付白さんは小説を生みだす側として前者を意識していますが、我々読者にとっての「この世」は後者であることが多い。そして、小説においては後者の意味であっていいのではないかと。なぜなら、

 

「《中国語の部屋》だよ物実君。意味を理解していなくても、記号を処理するだけでも会話は可能なの。ううん、“会話が成立してるように思わせる事が可能”なの」

 

(P182/L11~12より引用)

 

無機質な文字の羅列に物語を見出すのは私たち一人ひとり。作者のために書かれることを経て他者の手にわたるそのときの小説とは、〈物語〉ではなく〈物語と物語とをつなぐトリガー〉だと思うから。つまり「この世で一番面白い小説」というのは「私にとって一番面白い小説」と言い換えてもいいんじゃないかと。いいなら、それは字面ほど大仰なものではないよね。

 


 

でもあの日の僕にだけは、間違いなく、世界最高のアイデアだった。

 

(P148/L5~6より引用)

 

記事も小説もツイートも、私はとにかく投稿したあともしれっとめちゃくちゃ書き直す常習犯なんですけど、すなわち文豪マインドなんですよ。

 

道重さゆみが再三「今の自分が一番かわいい」と発信しているとおり、どんどん経験が積みあがっていく人生において、私たちは常に今の自分が人間という生きものとして最新でありベスト。その最新かつベストな自分が今最高だと思えるように、常にしていたいと思っていて。宮沢賢治『銀河鉄道の夜』の原稿が何稿も見つかってるのも同じ理由なんだと思います。なので、文豪マインド。

 

未だ書きあがっていない「世界最高のアイデア」が、私にもあります。最初は頭すっからかんのよくある会話劇だったのに、書きはじめてから数年、気がつけば自分の知識を総動員して〈小説〉について考えに考えた長編になろうとしています。1年ぐらい、ずっと同じシーンを書いては消してのくりかえし。それは私が更新され、私にとっての最高が更新されつづけている証拠でもあり、うれしいような、もどかしいような。

 

死ぬまでには書きあげたいんですけどね。

あるいは、死んだあともずっと、考えつづけたいのかもしれない。

 


 

小説は一人(あるいは複数)の人間。執筆とは彼らの誕生であり、読書は対話。

 

本一冊だって膨大なネットワークの集合だもんね……。

 

(P217/L7~8より引用)

 

小説は娯楽だと、知識にはならないと、言う人たちがいる。そういう人たちにはドロップキックをおみまいして、私は、とにもかくにも小説が好きだ。1時間対話をするよりも、その1時間で綴られた言葉を倍以上の時間をかけて読んでいたい。その純な気持ちを久しぶりに取りだして、じっくり眺める。そんなひとときになりました。

 

私の感想、あるいは、物語を読んでくれてありがとう。

あなたの物語も、いつか読ませてほしいな。

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
小説を書いたり、読んだ小説についてあれこれ考察をするのが趣味です。雑食のつもりですが、ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれがち。小説の他に哲学、心理学、美術、異形や神話などの学術本も読みます。