【悲報】2020年上半期もやっぱり確実に好きだけど具体的にどこが好きなのか言葉にできなかった小説が生まれてしまった件

 

1:佐々木麦 2020/06/30(火)12:34:56:789 ID:sasakimugi

自分の感性と語彙力と読むタイミングの悪さを反省する時間。

例年どおり小田和正「言葉にできない」を脳内再生しながらよろしくおねがいします。

 


1.知野みさき『山手線謎日和2』

真相の究明はするけど、それはどちらかといえば自分たちの好奇心によるところが強いし、犯人を警察に突きだしたり独自に成敗するということもしない。私たちの身近にも起こりうる些細なきっかけから、世間体との葛藤があり、最終的にはなにをもって善とするかとか平和ボケした日本の危機管理意識とか親子や兄弟など家族の複雑なつながりとか、誰にでも心当たりのある普遍的なテーマに落ちつく。フィクションでありながら現実感の塩梅が絶妙で、好きなんだよなぁ。続編ずっと待ってた!

 

ただ、今回「不動産収入で暮らしながら山手線内均一定期券で日がな電車に乗り読書している」という和泉の高等遊民設定が効いていなかったこと、そしてイズミと和泉の関係性に期待している身としては2人にこれといった進展がなかったことが残念。

 

でも続編ずっと待ってる!

 

 

 


2.津原泰水『ヒッキーヒッキーシェイク』

あらゆる人物とその思惑、そこに付随する物事がまさしくシェイクした荒唐無稽な話で、理路整然な物語を好む人にはチンプンカンプンかもしれません。万人に勧められるラストシーンではないけれど、榊の言葉を借りれば「正気か? おい」と噴きだしてしまうあの結末はいっそ清々しく、引きこもり体質の私としては元気をもらいました。

 

つまるところ「世界」というのは自分を中心としたごく限られた小さな空間でしかなく、支配者は創造(想像)主たる自分、それを逆手にとって自分ひとりをおもしろおかしく騙しつづけることさえできればすべての物事は肯定的にありつづける。否定を証明することはできない。嘘に善悪はない。ならば私はこれからいくらでも嘘で騙しつづけよう。私が支配する、この小さな生きづらかった世界を。

 

Hello,world!本書をきっかけに、私の世界はこれからきっと、今よりずっと生きやすい楽園になっていくはずだ。

 

 

 


3.紺野天龍『錬金術師の密室』

最近はミステリーにもユニークな組みあわせが多くあるけど、ゴリゴリの王道ファンタジー×密室を使ったゴリゴリの王道ミステリーは新鮮。エミリアやテレサのバックグラウンドや錬金術師が成立する世界観など設定はしっかりつくりこみつつ、決めるところは決めて遊ぶところは遊ぶ、文章の塩梅も快適。堂々と人を見下すテレサと彼女を堂々と「嫌い」と言ってのけるエミリアのやりとりがもう痛快なの!によによしながら夢中で読んじゃった。

 

人間の心に興味津々マンの私としては動機が弱いかなーとも思いましたが、解決編で3回声出して驚いたあとエミリアとテレサの真実に声出して驚き、驚きすぎて最終的に笑っちゃったのでやっぱり傑作です。はぁ~、極上のエンタテインメントだった。

 

最後にエミリアとテレサ、おたがいの利害が一致して、シリーズとして続きそうな予感。続編出たら絶対に買います。

 

 


4.鈴森丹子『神様がくれた誰かの一日』

もともとクリスマスが家族や親戚と過ごす日本だと正月に近いイベントであるように、素朴な物語ながら、あたりまえになってしまった大切なことをきちんと言語化して可視化して1つひとつ思いださせてくれる1冊。まったくの他人になることはビーバーの神様に頼らないとできないかもしれないけど、他人のふりをして自分を客観的かつ多角的に見るのは、誰でも今すぐできること。

 

僕は戻りたいんじゃなくて、変わりたい。

 

(P189/L5~6より引用)

 

現状維持っていうのは、本人の意思や努力がなければ絶対に起こりえないことなんだよ。世界のあらゆる物事において完全な元通りは不可能だし、だったら、最初から今よりプラスの方向へ変わろうとするほうがじつは存外楽なんだよなぁ、と、主人公・樹くんを見て思うなど。

 

 


5.芹沢政信『絶対小説』

言葉にできないリストをつくりはじめて以来もっとも「言葉にできない」小説に出会ってしまった。

 

なんせ、物語としてはなにひとつ琴線に触れない。のに、油断していると思わぬところに深く深く突き刺さる名文が散りばめられている。二度は読みたくないけれど貼った付箋の数は決して無視できず、その一文一文の切実さたるや、小説を好きな人が書いたのだろうということだけは明確にわかる。

 

ただね、小説はもちろん「言葉」だけどやっぱり大切なのは「物語」の部分だと思うから。その点では、ごめん、どうしても小説の本棚には入れられない。けど、小説を書くうえでの心構えとして。その観点ではきっと幾度となく読み返すことになるでしょう。だから勉強用の本棚に入れておくね。

 

これもまた、「大切な1冊」の形。

 

 


6.穂波了『月の落とし子』

納得の第9回アガサ・クリスティー賞受賞作。選評にて散々指摘されているけど、とにもかくにも描写力。とくに冒頭の月および宇宙空間の場面が緻密で臨場感がすごい。

 

それゆえ現実と重なって読むのがしんどい部分もあるけど、たとえばウイルスによって消毒するときの成分も変わってくるとか数に限りがあるときの消毒の優先順位とか、経験の前では無力な知識もまずあるのとないのとでは格段に違うから。

 

ただまぁ、晃とか、個人の感情が先走ってる感じはする。そこが人間らしいといえばらしいけれど、これだけの描写力とテーマ性なのに後半どんどん焦点がミクロになっていってクライマックスシーンは安っぽく見えました。個人に焦点当てて共感で描こうとするのは日本のフィクションのよくないところ。

 

時期が時期なんで迂闊な感想書けないなーと特集入りになってしまいましたが、興味深い作品でした。

 

 


7.清水将吾『大いなる夜の物語』

一応「哲学小説」という触れこみで読んだのですが、……小説?

 

あらすじを説明しようにもまったくあらすじが組みたてられません。強いていうなら草野春人という青年が石戸さんという会社の同僚の女性と先日落ちた隕石の展示を見に科学博物館に行こうとして――という話ですが、後半からわりとどうでもよくなった。全然それどころじゃなくて。

 

正直小説・物語として読むのはおすすめしませんが、個人的に得るものは多かったのでいくつかエピソードとアウトプットを紹介しておきます。

 

 

 

1,物語るのは誰の声?(謎その3より)

 

あえて自己紹介をするなら、「私はこの物語のナレーターです」というふうになるでしょうか。

それどころか、もっとすごいことを教えてあげましょう。私は、あなたがいままで読んできた、すべての物語のナレーターをしてきたのです。

 

(P14/L7~10より引用)

 

唐突に、いわゆる「地の文」が草野春人の目を抜けだして〈私〉として語りだすシーン。自由すぎる。とはいえ読書家としては興味深い謎です。私は本を読むとき脳内で文章を音読しているタイプなのでなるほどと思いましたが、意外にも、音読しないタイプの人もいるらしいです。その場合、この謎って読んだらどんな気持ちになるんだろう。〈誰でもない私〉というのはイメージできるのかな。

 

 

 

2,悪徳商法を手伝う着ぐるみは有罪?無罪?(謎その16より)

 

「チョコレート店は、子どもを相手に、法外な値段でチョコレートを売っていました。そして被告人は、チョコレート店の前に立っていました。そのことはたしかです。この事実をどう説明しますか?」

 

(P89/L4~6より引用)

 

不思議の国のアリスを想起させる展開ですが、18、19の謎とあわせてあらゆるコンテンツに応用することのできる問題だと思います。たとえば、私は小説を読むときに作者は一切考慮に入れません。あらすじに興味があればまったく知らない作家でも躊躇なく手にとるし、逆に、「あの作品はおもしろかったから」という理由で同じ作者の作品を1から10まで追いかけるようなこともしない。作者とコンテンツは別物だという話はここで再三しているので、バッチリ持論にハマる話が出てきた、という点でかなり印象的なエピソードです。

 

 

 

3,マカロニの穴を内側からかじるには?(謎その26より)

 

「しばらくして思ったんだよね。いつもマカロニを食べるときは、穴をぷちっとかみきるのが好きなのに、イモムシになってマカロニを内側から食べても、穴をぷちっとかみきることはできない。マカロニを内側から食べて、なおかつ穴をぷちっとかみきるには、どうしたらいいんだろう。そんなことを考え始めてしまったの」

 

(P148/L9~15より引用)

 

マカロニが好きな石戸さんが子供の頃に見た夢の話。何年か前に大阪大学ショセキカプロジェクトによる『ドーナツの穴だけ残して食べる方法』を読んだのですが、主題はそれに似てなくもないかな。ドーナツのほうは分野によってはかなり無理やりな解釈に見えてしまう話もあるのですが、それに比べるとマカロニの話は納得感があります。どちらも興味深く優れた思考の展開であることは間違いないけれど。多視点・多角的に物事をとらえて考える力がほしいというときには参考になるのではないかと。

 

哲学小説といえば以前にも草野なつめ『ミネルヴァの梟は飛び立ちたい 東雲理子は哲学で謎を解き明かす』を読みましたが、こちらもアウトプットは多いものの物語としての構成や魅力はイマイチ。小説と哲学の相性は良いと思うのですが、作者が意図的に組みこむのは難しく、哲学小説とは〈読者が勝手に哲学を見出せる小説〉であることが理想なのかもしれませんね。無自覚でそれを書けというのも難儀な話ですが。

 

 


 

以上です。

 

2020年上半期の総括としては、人に選んでもらったり、あるいは管理しやすい電子書籍の導入によって、自分では絶対に手にとらなかった小説を読む機会が多かったです。高山羽根子『如何様』とか勧められたときは「難しそうだなぁ」と気が進まなかったのに実際読んでみたらグイグイ引きこまれたし、住野よる『麦本三歩の好きなもの』や瀬尾まいこ『傑作はまだ』は「電子書籍だし、ハズレだったとしてもまぁいいか」という気持ちで購入して結果大好きになった作品だし……小説は書店に行って出会うのが一番だと今でも思っていますが、ネットで買うこと、電子書籍を買うことにも利点はあるんだなと。変なこだわりで視野を狭めず、たとえ感想記事が書けなくても、これからもできるだけたくさんの小説と出会っていきたい所存。

 

それでは不本意ながら、たぶん2020年下半期編でまたお会いしましょう。

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
読んだ小説の感想や考察を書いています。好きが高じて元小説家志望なので、一篇の物語のように心躍る記事が書ければ。ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれます。小説の他に哲学、美術、神話などの学術本も好きです。