畑野智美『神さまを待っている』読みました。昔『運転、見合わせ中』を読んで、だから名前覚えてたんですけど、そっちは当時の自分にハマらなくて。『神さまを待っている』はあらすじを読んだ感じ福澤徹三『東京難民』の女主人公版かなーと社会勉強程度の気持ちで買ったんですが、

 

鰺フライには、ソースだ。
しかし、テーブルの端に並んでいるのは、醤油と塩だけだ。
隣にも反対側にも向かい側にもソースがあるのに、この席だけない。

 

(P9/L1~3より引用)

 

冒頭からこんな具合にほとんど事象の羅列で進むので、文章としては読みやすかったです。肩の力を抜いて読める感じ。ただ、雨宮の存在にはじまり全体的に予定調和な印象なので物語としては最後ちょっとモヤモヤもするかな。私は泣いたけどね。弟が尊くて

 

さて、主人公の愛(26歳)は4年生大学を出たのち派遣社員として文具メーカーで働いていたものの、ある日「社員登用の件、無理になった」と派遣切りを喰らってしまいます。母は他界、父とは深刻な軋轢があり、実家へ戻ったりお金を借りることはできず、大みそか、とうとう住んでいたアパートを出ることに。漫画喫茶で寝泊まりしながらのホームレス生活……。

 

文具メーカーの派遣期間が終わってハローワークに行くようになった頃から、会う人に対して、この人はわたしと同い年くらいだろう、年上だろう、年下だろうと考えることがクセのようになった。自分より年上でも仕事につけていない人がいるから大丈夫、自分より年下なのにちゃんと仕事をしているなんて焦る、同い年で同じような雰囲気だから共感できる、そうやって他人と比較して自分の状況を確かめていた。

 

(P128/L6~10より引用)

 

これ。

 

一人称なので愛自身のうしろめたさも充分影響していると思うけど、彼女越しに見る社会の節々から、仕事をしていないことへの罪悪感を、ひしひしと感じてしまうんですよね。

 

私も、社会不安障害とそれに伴う鬱がとてもひどく、アルバイトやパートを転々・細々とやっていた時期がありました。正社員の経験はありません。愛の生活を追いながらいろんなことを思いだしました。アルバイト先での不安や失敗をブログに吐きだしたら見ず知らずの人に「こんなやつと仕事したくない」とコメントに書かれたこと。立ち食いそば屋へ面接に行ったら履歴書の「中退」の文字を見たおばさんが「親に申し訳ないと思わなかったの?」と真顔で言ってきたこと。看護師になった親友と無職の自分は釣りあわないと思ってどんどん距離が開いていったこと。他人と口を利くのが苦痛なのに心療内科へ通わなければならないストレス。障害年金を申請したときの役所の、淡々としていて、急かすようで、疑うような目や口調……。サチさんが「たくさんのナントカ所に行ったけど、どこに行っても怒られるばかりで、意味わかんなかった」って言ったの、マジでそう!と思った。

 

貧困というのは、お金がないことではない。
頼れる人がいないことだ。

 

(P293/L4~5より引用)

 

私は運がよかったのかもしれない。愛、サチさん、ナギ……彼女たちと比べたら、私には社会に出られない自分を、黙認してくれる両親や理解してくれるパートナーがいる。でも、苦しみは誰かと比較するものではないから。あえて的外れで個人的な回想を感想とさせてもらいました。

 

最後は私なりの〈貧困時代〉をふりかえってこう、締めたいと思う。

 

文章力。統計的に見て褒められることの多かった、たったそれだけを大事にして、しがみついて、生きてきた。これでお金を稼ぐことはほとんどできていない。他人をまず「こわい」と感じてしまう私は、社会と、他人と関わりを持ってまっとうに働くことに向いていない。かつての自分が望んだ小説家にも編集者にも、両親が望んだ書店員にも図書館司書にもなれなかった。私は普通じゃないのかもしれない。

 

でも、私にできること・できないことを理解してくれる人たちがいて。ときに頼りながら、助けてもらいながら、手首を切ったり薬を飲まずに今日も生きている私がここにいる。

 

泣きながら働いていたあの頃の自分よりも、私は、今の自分が好きだ。

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
小説を書いたり、読んだ小説についてあれこれ考察をするのが趣味です。雑食のつもりですが、ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれがち。小説の他に哲学、心理学、美術、異形や神話などの学術本も読みます。