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向井湘吾『「電脳マジョガリ」狩り』を読了。

 

単行本で400P弱と結構な重量があったので
なかなか読み進められないでいましたがようやく記事にできました。

 

ここしばらくゲーム実況動画を見ていなかったけど、
本作の主人公・翼に触発されて最近また好きな実況者の動画を見ている。
YouTube、ニコニコ動画、SNSとつきあいがある方にはきっと楽しめる作品。

 

 

 

 

敵は1万人!現代の“魔女狩り”に終止符を!


 

 

無名のゲーム実況者「ウィング」の顔も持つ大学生の北城翼は
謎の女性・香織に脅されて
悪意の掃きだめとして有名な掲示板〈魔女狩り板〉を潰す手伝いをさせられるハメに。

 

ネットリンチを扇動する“中枢”メンバーの正体をつかむため
個性的な情報屋・シンの力も借りつつ、尾行、潜入、さらには――。

 

胸に秘めた目的のためなら手段を選ばない非道な香織、
彼女と翼それぞれの過去、想い、ゲーム実況者としての世界と居場所。

 

画面のむこうで蠢く1万人の敵を前に、
翼は大切なものを守るため魔女狩り板に引導をわたす覚悟を決める。

 

※あらすじは筆者によるオリジナルです。中央公論新社による詳細はこちら。
http://www.chuko.co.jp/tanko/2016/05/004853.html

 

 

 

読後感はあっさりめだったけど
400P弱のボリュームだけあって得るものが多かった作品。

 

比喩表現を多用したり後半には派手に魅せるアクションシーンなど
物語全体としては中高生~ギリギリ大学生向けに書かれているけど、
SNSをはじめとしたネットコンテンツやそこから狙われる個人情報、
作中では“お祭り”と称される炎上の仕組みや実態に関する描写は細やかなので
日常的にSNSやインターネットを利用している人なら読んでみて損はないはず。
SNS/インターネットとの関わりかたを改めて見つめなおすきっかけになります。

 

TNTB288(中枢の1人)が断トツで胸糞悪い存在だけど
匿名性を盾に正論や正義を騙って“祭り”に加担している心ない一般人にもゾッとする。

 

覚えておくがいい。
お前らが便所の落書き程度に思っているそれは、全世界に向けられた生中継だ。

(P379/L6~7より引用)

 

目が覚めるような言葉だ。

 

言葉はどんな形であれなかったことにはできない決定的なものだし、
言葉に意味や価値を与えているのは自分ではなく聞いた相手なのだ、と。

 

言葉というのはまさに諸刃の剣。
言葉を発信する端くれとして、読んでいて身が引き締まる想いがした。

 

 

 

その「正義」は誰のため?なんのため?


 

 

私の「ゲームが好き」にはゲーム実況の視聴も含まれていて、
過去には二度ほど好きな実況者がなんらかのトラブルで“引退”するところを
目の当たりにしたこともあるので翼には個人的に思うところがたくさんある。

 

ゲーム実況者へ過剰な反応を示す人たちは、一体、彼らになにを求めているのだろう。

 

彼らが提供し私たちが享受するのは
あくまで「ゲーム実況」というエンターテイメントであって、
彼らの一端であって、パーソナルそのものではないわけで。

 

もちろん、
おもしろければ犯罪や過去を黙認しろということではないけれど。

 

当事者でも関係者でもない第三者が
「自業自得」それだけで無責任に鉄槌をくだすことは
本当は誰のための、なんのための、正義なのだろう。

 

 

 

二面性を真摯に受けとめる向井作品


 

 

陰湿で悪質なインターネットの世界を題材にしながらも
警鐘を鳴らすことに徹することなく事態を丁寧に噛みくだき、
律儀すぎるほどきちんと良いところ/悪いところを書きわけるあたり、
さすが『お任せ!数学屋さん』シリーズを手がける作者らしいなぁとうれしくなる。

 

私はもう、
向井氏の物語を素直に楽しむ年齢層からは
離れてしまっているのかもしれないけれど、
主人公や作品に託す真摯な想い、この付加価値が心をつかんで放さない。

 

今の時代に大切に読みたい1冊です。

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
小説を書いたり、読んだ小説についてあれこれ考察をするのが趣味です。雑食のつもりですが、ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれがち。小説の他に哲学、心理学、美術、異形や神話などの学術本も読みます。