青柳碧人『家庭教師は知っている』を読みました。学園ミステリーにとどまらず教師や生徒を主人公に展開する小説は数あれど、本書は家庭教師を主軸にした一風変わった「家庭訪問ミステリー」。家庭とは幸福な絆なのか、それとも、不幸の檻なのか。サクサク読めるのに考えさせられる良書でした。

 

 


 

 

原田は、首都圏で《家庭教師のシーザー》を運営する会社で働いている。大学生のアルバイト講師たちの指導と相談を受け、派遣先の家庭で虐待など深刻な問題がありそうなら自ら家庭訪問を行う。スタッフたちから奇妙な相談が持ち込まれるたび、原田の家に入り浸っている女子高生・リサは「それぞれの家の事情だから放っておけばいい」と言うが……。驚愕のラストが待ち受ける家庭訪問ミステリー。

 

出典: https://books.shueisha.co.jp/items/contents.html?isbn=978-4-08-745856-5

青柳作品は中高生の頃に〈浜村渚の計算ノート〉シリーズを2、3冊ほど読んだことがあって、それからかなりのブランクを経て去年8月久しぶりに『猫河原家の人びと 一家全員、名探偵』をゆるーく読んだきり。

 

 

もしかしたら自分は青柳作品を楽しむ時期を過ぎてしまったのかもしれない、と一抹の不安を感じながら読みはじめましたが、いや、杞憂でしたね。部屋のいたるところに空の鳥籠がぶらさがる家、石膏でつくられた女性の顔が逆さまに浮かびあがる奇妙な壁がある家、父方のでも母方のでもない3人目の“おばあちゃん”がいる家、女の子の心を持った少年が父と暮らす蠅の飛ぶ家、そして、原田が胸に秘める闇の原初である雪だるまのぬいぐるみがあった家……「鳥籠」などのキーワードから想像できる予想を覆す意外な真相は第三者である原田の一人称で語られるからこそ不可解で、不気味で、やりきれなくて。読みだしたらグイグイ引きこまれちゃって読了まであっというまでした。読み終わるのがもったいないとすら思ったかも。

 

サクサク読める理由のひとつにどの話もテンプレに沿って進行していくためテンポが安定しているというのがあって、流れはおおむね以下のとおり。

 

・今回の“不可解な家”についての導入
・面談、講師を語り手とした状況説明
・面談、原田を語り手とした情報整理
・沼尻室長に家庭訪問の許可をもらう
・家庭訪問
・帰宅後、謎の女子高生・リサに導かれながらの推理
・真相解明

 

毎回この調子なので、読んでいると当然、沼尻室長にネチネチ言われるパートは必要なのかとかあたりまえのように原田の家でくつろいでいる謎の女子高生・リサの説明はないのかとか原田を慕う清遠初美に対する印象とか腑に落ちない点が出てくる。

 

しかし読了後に気づくわけです。この違和感のどれもが必要かつ重要な要素であり腑に落ちるのはあのタイミングでしかありえなかったと。声にこそ出ませんでしたが私は全部が明らかになったとき「こういうパターンかぁ!」と膝を打ちました。表紙も秀逸。読後改めて見るとなるほどと感慨深いものがあります。

 

 

 


 

 

本作において、謎の中心を占めるのは「虐待はおこなわれているのか?」である。

 

解説より

 

本書を良書たらしめるもっとも魅力的な点とは、岡崎琢磨氏も解説に記したまさしくこの部分だと思います。

 

主人公であり語り手である原田が家庭教師派遣会社の社員である以上、講師たちが目にしたさまざまな違和感について解明・・することはできても解決・・することはできません。「家庭の事情」という言葉の前では解明したこと自体“正しいこと”だったのかたしかめることすらできないのです。

 

だけど。

 

「無力だね、家庭教師派遣センターは」

 

(P156/L13より引用)

 

子供を守ることができるのは親だけなのでしょうか?教師は教えるだけが仕事でしょうか?学校や塾は「通う」ところであり子供たちが「帰る」場所は絶対に家庭でなければならないのでしょうか?

 

私は、そうじゃないと思います。

 

私自身は、小中学生のとき書道教室と英語塾に通っていました。家が近所だったこともあってそこへはいつもリサちゃん(偶然の一致!)とむかいます。リサちゃんは私とはタイプがまったく違うので学校ではまったく話しませんでしたが、書道教室や英語塾では「おなかすいたね」「宿題面倒だね」などと笑いあったものです。家や学校とは違ったコミュニティーがあり、リサちゃんとおしゃべりしている自分がいる。それはなんだか不思議な時間でした。私にとって書道教室や英語塾とはもうひとつの居場所、だったのかもしれません。

 

「子どもが守られるのは、運によってではいけません」

私は言った。

「大人の努力によってでなければ」

 

(P283/L2~4より引用)

 

私にとっての書道教室や英語塾がそうだったように、学校や塾、家庭教師という存在もまた子供たちが居場所を増やすための“選択肢”のひとつであってほしい。そして、私自身も誰かにとっての“選択肢”のひとつになれたらいい――。原田の真摯な言葉に、最後、熱いくらいの涙がこぼれました。

 

 


 

 

というわけで、以上、青柳碧人『家庭教師は知っている』の感想でした。普段短編集はなるべく1編1編の感想を書くように心がけているつもりなのですが、今回は連作短編集にもかかわらず大枠の感想になってしまってごめんなさい。正直言うと、おもしろすぎてね。感想をメモするのも忘れて結構夢中で読んじゃったんですよね。イレギュラーにはなるけど感想だけは絶対に残しておきたくて。

 

私の感想はつまらないけれど本書は胸をはっておすすめしますので、ぜひ、社会と人と関わって生きていく人間のひとりとして、性別も世代も既婚・独身も子持ちとかそういうの関係なく、たくさんの人に読んでほしいです。

 

『家庭教師は知っている』というタイトルを書店で見たとき最初に頭をよぎったのは万引き防止ステッカーでした。「知っている」という言葉が、どうか親たちへの抑止力となり、子供たちの選択肢のひとつとなり、彼らをとりまく大人たちの勇気になりますように。

 

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
小説を書いたり、読んだ小説についてあれこれ考察をするのが趣味です。雑食のつもりですが、ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれがち。小説の他に哲学、心理学、美術、異形や神話などの学術本も読みます。