レイチェル・ウェルズ『通い猫アルフィーの贈り物』(中西和美・訳)を読みました。シリーズ7作目。新刊の存在自体は11月の段階で知っていたんですけど、クリスマスの話ということで、12月になってから読もうとこのタイミングになりました。

 

5、6作目の感想が抜けているのはおもしろくなかったからではなく感想を書くためのテーマが自分の中に見つけられなかったからなんですけど、今回は久しぶりにアルフィーのうぬぼれ屋さんなところにイラッ☆としたり、人間と猫という種族の壁にヤキモキしたり、クライマックスやラストのサプライズには感動したりと存分に楽しめました。

 


 

さて、今回はフランチェスカとトーマスの息子たち、アレクセイとトミーを中心にクリスマスまでのドタバタ劇がくりひろげられるようです。

 

兄のアレクセイはガールフレンドのコニーと一緒に、ホームレスの人々に寄付やなにかクリスマスらしいことをしてあげたいという想いから(もちろん「ぼくアルフィーのアイディア」だけど)大がかりなクリスマス会を企画中。

 

一方、弟のトミーは反抗期の真っ最中で、エドガー・ロードの家族たちと集まっても終始つまらなそうな顔をしていたり、学校でちょっとした問題を起こしたり、クリスマス会の準備に大いそがしのアレクセイにむかってなんと”ごますり”だなんて言ったりします。まぁ、気持ちはわかる。エドガー・ロードの子供たちの中だと今やトミーは一人だけ中途半端な年齢だしねぇ。トミーのこうした行動をエドガー・ロードの人々は「大人になろうとしている」と大らかに捉えているのも印象的でした。

 

で、クリスマス会のほうはというと、陰で準備を妨害している人がいるようで。

 


 

「でも、クリスマスで大事なのはプレゼントだけじゃないよ」トビーは子どもにしてはかなりしっかりしている。

「ええ、家族や愛について改めて考える機会になるわ。世の中にはあまり幸せではない人もいて、そういう人たちを思いやるためにあるのよ」クレアが言った。

 

(P266/L12~15より引用)

 

シリーズの舞台はイギリスですが、そういえば日本とイギリスとではクリスマスの意味あいがかなり違うなと。日本は恋人や友人と過ごすことが重要視されているような気がしますが、イギリス、というか西洋はパーティー文化ということもあって家族や近隣住民と過ごすことを重要視しているイメージありますよね。そもそも私にとって12月25日は単に自分の誕生日だったので、クリスマスという日が本来どういう意味を持った日なのか改めて考えるいい機会になりました。

 

「今夜のことは決して忘れません。わたしたちは顧みられないことが多く、自分を顧みないことさえあります。生きるだけで精一杯で、楽しむことなど考える余裕がないからです」

 

(P375/L2~3より引用)

 

トミーの反抗期、クリスマス会を妨害する誰か、帰る家のない人たち、そしてクリスマス会のために集まったさまざまな人々との出会いを通じて、今回はいろんな形の「赦し」の物語だったなと思います。間違いを赦し、やりなおすチャンスを与え、相手がそれを乗り越えたとき私たちは仲間――広い意味での家族になる。クリスマスにむけて、今にふさわしいハートフルな1冊でした。

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
小説を書いたり、読んだ小説についてあれこれ考察をするのが趣味です。雑食のつもりですが、ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれがち。小説の他に哲学、心理学、美術、異形や神話などの学術本も読みます。