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トーン・テレヘン『きげんのいいリス』(長山さき・訳)を読みました。『ハリネズミの願い』の作者による幻の原点ということで書店で見かけたとき、読もうかな、どうしようかな、独特の世界観だからまとまった感想が書けるかどうか…と悩みながらページをパラパラしていたのですが、結局25Pくらいまで読んでいた。もう買えよ。買いました。

 

 

 

読んだことないけどシャフリヤール王

ブナの樹の上に暮らす忘れっぽくて気のいいリス。知っていることが多すぎて、頭の重みに耐えかねているアリ。始終リスを訪ねてきてはあちこち壊す夢みがちなゾウ。思いとどまってばかりのイカ。チューチュー鳴くことにしたライオン。……不器用で大まじめ、悩めるどうぶつたちが語りだす、テレヘン・ワールドへようこそ!

 

※出典:http://www.shinchosha.co.jp/book/506992/

『ハリネズミの願い』はハリネズミを主人公に一貫した物語があったけど、こちらはリスとその友人であるアリをメインに据えてはいますが、章ごとに登場人物も物語もまちまち。まるで、『千夜一夜物語』で妻から夜ごと物語を聞かされる王になったような心地です。読んだことないけど。体感的にはこちらのほう読みやすかったので『ハリネズミの願い』未読の場合はこちらから読んでみてもいいかもしれません。

 

序盤早々(4章)にリスとハリネズミのおはなしがあり、『ハリネズミの願い』を読んでいる身としてはうれしい章でした。ちなみに本作のハリネズミはあっちよりもややアクティブで明るめのキャラクターになっていて、そんなハリネズミもまたかわいい。

 

「ぼくのいちばんの願いだったんだ」ハリネズミがしずかに言った。

 

(P16/L3より引用)

 

一件まったく違ったキャラクターのようでいて、熟読してみると、意外と『ハリネズミの願い』に通じるフレーズやテーマを感じる部分もあり、ハリネズミ登場シーンに関してはそういった部分を探すのもまたおもしろかったです。既読ならばぜひ。

 

 

 

ぼくはリス きみはだあれ?

さて、本作は一貫したテーマで感想を書くには難しい構成なので、今回は個人的に印象に残ったおはなしや好きなおはなしをピックアップしつつ、それにまつわる感想を簡単に書いていこうと思います。ピンときた人はぜひ本書を実際に手にとって自分のお気に入りの章を見つけてみてくださいね。

 

 

 

6章

ある朝、アリがリスに「旅に出なきゃならない」と言って出立しようするのですが、

 

「ほんとうに行かなきゃならないの? って聞いちゃだめだよ」とアリは言った。「ほんとうに行かなきゃならないんだから」
「でも、そんなこと聞いてないよ」とリスは言った。
「うん、でもいまちょうど聞こうとしてただろう? 正直になれよ」

 

 

(P20/L4~7より引用)

 

上辺だけを見るとこの場面でのアリは大学生の彼女みたいなちょっと面倒くさいヤツなのですが、本書を読み終わってふりかえってみると彼のふるまいには〈死〉の気配があり(※個人の見解です)、それをふまえてもう一度このシーンを読むとほのぼのとした気持ちから一転、寂しげな空気がただよい、また違った雰囲気があります。

 

 

 

9章

「陰気ってなんてフクザツなんだろう!」

 

(P31/L5より引用)

 

自分が陰気になれるとは知らなかった、と一喜一憂するカメ。他のあらゆる物事もそうだけど、簡単に言葉でひとくくりにはできないんだよなって。陰気も陽気もみんなそれぞれ少しずつ持っていて、どちらのほうが表に出る機会が多いのかって、本当はたぶんそれだけのこと。だからプロフィールを考えたり自己紹介するときに自分の「性格」を説明するのって苦手。どれも少しずつフクザツに持っているから。

 

 

 

19章

こちらもカメのおはなし。「自分がたしかにカメ(自分)だって確信がもてる?」とコオロギに問われ、カメは悩んでしまいます。

 

自分自身に向かって静かにこうつぶやきながら。「やぁ、カメ。こんにちは」

 

(P54/L8~9より引用)

 

9章の内容と併せて考えると、自分を形成するものはとてもフクザツなのだから、自分が誰なのかは自分さえ知っていればいい(それも「私は私だ!」くらい漠然としていたっていい)、誰かとわかちあう必要はないのかもしれない。そういう意味では、人は文字どおりなんにだってなれるのではないでしょうか。

 

 

 

31章

「く」という言葉しか知らないゾウがハリネズミに手紙を書きます。このやりとりがすごくかわいい!

 

そうすれば、なにが書いてあるか、聞こえてくるさ。

 

(P90/L3~4より引用)

 

言葉はコミュニケーションを図るうえでとても有効な手段だけれど、ときに、本心や本質を隠してしまう厄介な代物になってしまうこともある。余計な言葉など必要のない関係というのは実際にあります。あるとき知人とすべての言葉をぱぴぷぺぽにしてLINEをしたことがあるけどおおよそ通じたしおおよそ通じれば問題なかったからこれはマジ。

 

 

 

44章

「もう、なにも思いつかないや」リスは言った。

 

(P124/L3より引用)

 

一方、こちらの章ではリスがアリに手紙を書いているのですがこの2匹のやりとりもまたかわいくって!上記引用のようなリスの気持ちよくわかる。私も手紙を書くのは好きなほうだけど、手紙を送りたい人にほどすでにたくさんのことを誰よりまっさきに話してしまっているから、いざ手紙を書くとなると書きたいことが見つからないだよね。リスもきっとそうだったのだと思います。それに対するアリの答えったら!素敵!久しぶりに手紙を書きたくなってしまいました。手紙を書きたい相手にはもうほとんど書くことはないのだけれど。

 

 

 

動物の世界はかわいいだけじゃない!

以上、いくつかピックアップしての感想でした。ほら、本当に脈絡がなかったでしょう?

 

個人的な見解ですが本作はおおむね〈自分〉〈友達〉〈死〉というものにまつわる寓話だったように感じます。アリとリスの関係性はもちろん、私は自分のありかたに悩むカメやゾウも好き。こういう人はどこにでもいるなぁとクスッとしたのはコオロギです。こうやってそれぞれの動物を自分の世界に当てはめて考えてみるのも醍醐味のひとつ。

 

共感する動物や物語は読む人の数だけ異なるし、きっと、あなたにとっての特別なおはなしも見つかるはず。かわいいながらもとても奥深い作品なので、じっくり考えながら読書をするのが好きな人にはぜひ手にとってほしい1冊です。

 

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
小説を書いたり、読んだ小説についてあれこれ考察をするのが趣味です。雑食のつもりですが、ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれがち。小説の他に哲学、心理学、美術、異形や神話などの学術本も読みます。