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瀬尾まいこ『強運の持ち主』を読みました。ここ最近心がじんわりあたたまるような話がつづいているので、同じテイストのものが読みたいなぁ、と書店を物色しているときに平積みで見つけました。表紙のイラストと色合いがめちゃ好み。瀬尾氏の作品は学生の時分に『図書館の神様』を読んだことがあったかな。まだ読解力ポンコツ時代だったのであまり作品を理解できず、ふわふわした印象に留まっていた作家だったのですが、本書すごくよかった。他の作品も読んでみたくなりました。

 

 

 

占いにしてスピリチュアルにあらず

元OLが営業の仕事で鍛えた話術を活かし、ルイーズ吉田という名前の占い師に転身。ショッピングセンターの片隅で、悩みを抱える人の背中を押す。父と母のどちらを選ぶべき? という小学生男子や、占いが何度外れても訪れる女子高生、物事のおしまいが見えるという青年……。じんわり優しく温かい著者の世界が詰まった1冊。

 

※出典:https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167768010

もともと占いは好きなので主人公が占い師であるという設定もよかったのですが、当の主人公の占いに対する姿勢がゆるゆるなところがまた、好感が持てます。

 

適当にやっているくせに、いざ自分のこととなると占いの結果を真に受けるし、案外、占いに救われているところもあったりして。女性に多い感じの人間味があって見守るのが微笑ましかった。ガッツリとスピリチュアルという作品ではないので、本書でも触れられていますが、

 

「見ず知らずのいろんな人の話を聞くだけでも面白いのに、その上、その人の身の上のこととか、将来のこととか一緒に考えられるんだもん。お得な商売です」

 

(P256/L11~12より引用)

 

そんなふうに人生を楽しめる人にはおすすめの短編集です。

 

 

 

誰かの人生を共有するのは楽しい

ニベア

上司との折りあいが悪く事務用品を扱う会社の営業を半年で辞めてしまった吉田幸子は、心機一転、ルイーズ吉田として一人気ままにできる占い師の職に就いた。ショッピングセンターの片隅。あと2時間ちゃっちゃか働くかと一息入れたルイーズだったが、店に戻ると、小さな男の子が座っていた。3千円を惜しげもなく彼は三度目の占いの際、ルイーズに「お父さんとお母さんどっちにすればいいと思う?」と訊ねてきて――。

ウチは誰もニベアを使ったことがないのでにおいのことはわからなかったけど、家や家族のにおいというか、もちろん既存のなにかではあるけどこれはあきらかに“ウチのにおい”だ!みたいなものはたしかにありますよね。私はそういうの、枕とか洗濯物のにおいで感じるかな。自分の枕のにおい、ちょっと、マジで好きなんですよ。あのにおいと敷いてるタオルの頬に当たる感触がないと全然ねむれない。子供の頃はたまに近所のおねえちゃんからおさがりもらう機会もあったけど他人の家の洗濯物のにおいって本当に苦手だったなぁ。人の印象とにおいは私の中では直結している気がする。好きな人のにおいはずっと嗅いでいたいし。犬か。

 

残念ながら肝心の相談者・一ノ瀬堅二くんとのやりとりを深く言及するとネタバレになりかねないのでここは泣く泣くはしょりますが、ところで、主人公ことルイーズとその恋人・通彦の関係性!距離感!やりとり!これがもう微笑ましくて、いい!全編にわたってGOOD!

 

付き合って二年にもなると、いつからか自然にお互いが苦手なものをカバーできるようになってくる。

 

(P52/L17より引用)

 

誰が、というのは関係なく、感覚が家族になっていくほど第一印象のとっかかりって本当にとっかかりにすぎなかったんだなってどんどん意識しなくなる気がする。夫婦は似たもの同士よりも正反対のほうが上手くいくというのもこういうところからきているのかな。

 

 

 

ファミリーセンター

9月に入ってからというもの、毎日恋の話ばかり占っていたルイーズ。あるとき一人の女子高生が「彼の気を引くためには、どうしたらいいですか?」と相談にやってくるが、持ち物にピンクをとりいれてみて、という占い結果は外れてしまう。ところが彼女は文句を言うどころか「次はどうすればいいですか?」と訊ねてくる。早々に手を引きたいルイーズだが彼女はその後もやってきて――。

最初は墨田まゆみちゃんのすっきりしない相談内容にモヤモヤしながら読み進めたけど、中盤以降、彼女とのやりとりやとくにルイーズと通彦の関係性(また)を見ていて、もう、あるあるあるある!とうなづいてしまうところがたくさん。そのひとつひとつにドッグイヤーしていたらページがドッグイヤーだらけになってしまった。

 

「うーん。そうですね、外で会ってたときって、映画に行ったり、食事に行ったりするでしょう? だから、適当にその時々の話題があったんだけど、毎日一緒にいると、話すこともなくなるし、そうなっていくと、だんだん気まずくなってきて、避けあうようになってしまったっていうか……」

 

(P126/L14~17より引用)

 

そうそうそう、そうなの。私なんかは行動力のまったくない引きこもり体質だからなおさらたちが悪い。今日あったこと、今週あったこと、話したいこと。会話が途切れたときにふと考えてみるのだけど、毎日似たような行動のくりかえしだから、これといって特筆すべきものがなにもない。結局、最近読んだ本のことや気になっている小説やゲーム、趣味の話ばかり相手に無尽蔵に聞かせてしまう。土日ももっぱらゲームをしているか近所の喫茶店で読書。少しばかりおしゃれをして出かけても、せいぜい、行きつくところは本屋かゲーセン。相当やばい

 

やっぱり日常を固めないと。

 

(P136~L14より引用)

 

だから、この一言が私としてはぴったりはまるというか、なんだか元気になれたんですよね。子供の頃から、家族で出かけても記憶に残るほど楽しかったのは散々行きつくしためちゃくちゃマイナーな博物館とか、祖父の家があった田舎とか、近所のショッピングモールとか、たしかに「日常」の延長線にあるところの記憶ばっかりだ。きっと昔から、そういうところに愛情を見出せる感覚があったんだろう。そう思ったらすごくあたたかい気持ちになれました。

 

 

 

おしまい予言

11月もじきに終わるという頃、ルイーズの元に一人の青年が客としてあらわれた。一人で占いに来る男の子なんて滅多にいない。用件を訊くと、どうやらこの武田という青年には物事のおしまい・・・・が見えるらしく、おしまい・・・・が見えることを「どうしたらいいのか教えてほしい」という。強引に話を進められ、ルイーズはしばらく彼をアシスタントとして置くことになってしまうが――。

「そんなにびびることじゃないでしょう? 終わりなんて日常にごろごろしてるわよ。それをわざわざおしまいと呼ぶかどうかよ。この蕎麦ぼうろにも食べ終わりがあって、私の歯医者の治療だって来週には終わる。普通の生活におしまいはつきものなの。そう騒ぎ立てることでもないわよ」

 

(P193/L5〜8より引用)

 

私が雑記に書いたこととだいたい同じこと言ってる。

 

時間の概念を持っているのって人間だけじゃないですか。それと同じことで、結局、物事のはじまりや終わりも、文明的で社会的な生活を円滑に送る人間のための区切りでしかないんですよ。

 

そして、読書という観点でこのおはなしを考えるのもまた楽しいです。

 

「ずっと続くと思うと気が抜けるけど、終わりがわかってると、がんばれるし、最後だとわかってるからできることってあるもんなんだね」

 

(P180/L5〜6より引用)

 

たとえば、私は本を買うときに、一番最後の文章を読んで読むか決めることがあります。人には変わっているねと言われるのですが、このときの感覚は上記引用部分に近いような気がします。あの一文にたどりつくまでにどんなプロセスがあったんだろう。犯人よりもその動機が気になるタイプ。

 

誰かの影響を受けるのも悪くない。それをまた誰かと違う形で共有していくのもちょっと愉快だ。

 

(P200/L9〜10より引用)

 

ここ読んだとき思わず「そうそう!」とうなづきながらドッグイヤーしてしまいました。このブログは私の中ではこういう役割を担っている。誰かの小説を介して、誰かと、今も感想を共有できていたら幸せだなと思っています。

 

 

 

強運の持ち主

武田との一件もあり、とうとう本格的にアシスタントを雇ったルイーズ。師匠であるジュリエ青柳のアドバイスにしたがって、自分と違うタイプの、どちらかというと苦手なタイプの竹子さんという女性を選んでみたものの、やはりどうにも慣れない。あるとき、不幸な人ばかりを見ることに気が滅入るという彼女にルイーズは“強運の持ち主”である恋人の通彦を紹介するのだが――。

恋人の通彦に、師匠のジュリエ青柳、元アシスタントの武田君に現アシスタントの竹子さん。ここまでのおはなしで出会ってきた人たちがひとりひとりルイーズの力になっているというのがすごく微笑ましかったです。ニヨニヨしながら読んじゃった。

 

「人それぞれ似てるようで全然違ってて。これだけたくさんの星を持っている人がいるとなると、自分に合う人を探すのも大変ですよね。何か彼のことを余計貴重に思えちゃった」

 

(P256/L16~P257/L1より引用)

 

私は自分らしさとか将来とかでしょっちゅう迷走するので、そういうとき気まぐれに占いに頼るんですが、結果を読んでいるときたまにこういう竹子さんの言葉のようなことは感じるなぁ、わかるわかる。ただ私の場合は相手を貴重に思ったあと「相手にとって私なんぞなんのメリットもない……」とめちゃくちゃに落ちこむまでがセットです。昔やった姓名判断ではちょうど今まさに才能が開花する時期だったはずなんだけど未だに気配なし。なんならもうすぐその期間が終わる。「当たるも八卦当たらぬも八卦」という言葉はこういうとき救われますね。

 

竹子さんの明日を決めるのは、占いでも自分自身でもない。竹子さんの明日は子どもによって、動いていく。私の運勢を動かすのは、今はまだ自分自身だ。だけど、ほんの少し、私のこれからを決めるのに、通彦が入り込んでる。通彦も同じ。私が入り込んでるはずだ。

 

(P258/L12~15より引用)

 

ある時期に才能が開花する。この言葉を目でなぞって以来、この言葉は、私の中でお守りのようになっていたような気がします。好きなことを一生懸命にやっていいんだ。つづけていればきっと力になるんだ。そうやって生きてきて、今この言葉をふりかえったとき、「外れたな」と残念に思う気持ちはじつはあんまりなくって。だってその過程で身についた経験や知識は、私、結構気に入っているんです。ここまで生きてきた中でそれらを選んで得てきたのは占いの結果ではなくあくまで自分の意思。私の運勢を動かすのもまた私だったと、ここを読んだとき、実感しました。……なんの話だっけ?

 

 

 

俄然興味がわいてきた瀬尾作品

瀬尾氏の作品は『幸福な食卓』とか『優しい音楽』とか、気になる作品もちょこちょこあったんですけど、どうしてもかつて『図書館の神様』を読んだときのぼやっとした印象がブレーキになっちゃって読めてなかったんですよね。だけど本書を読んだ感じなかなか読めそうなので安心しました。今思いだしたけど『温室デイズ』も読んだことあったわ。そして内容は思いだせない。

 

気になっていた作品の他に、こういう既読作品を読みかえすのも、また発見があるかも。もちろん本書もまた人生につまづきかけたときとか読みなおしたいです。俄然興味がわいてきた。今後は瀬尾作品を躊躇なく手にとることができそうです。感謝。

 

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
小説を書いたり、読んだ小説についてあれこれ考察をするのが趣味です。雑食のつもりですが、ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれがち。小説の他に哲学、心理学、美術、異形や神話などの学術本も読みます。