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麦です。今日も今日とて、頭蓋骨割れんばかりの頭痛。興奮しすぎて。というのも、森晶麿『キキ・ホリック』!これがもう、痺れる。ゾクゾクしながら2日であっというまに読んじゃった。森作品といえば〈黒猫〉と〈偽恋愛小説家〉のシリーズ、あと『花酔いロジック』は最初の1冊だけ既読だけれど、いやいや、『キキ・ホリック』は随一の傑作だと思います。

 

 


 

 

 

まずね、これとか、過去の感想を読んでもらうとわかるように、森作品って中身が高次元すぎて感想どころか読みきるところから難しいわけですよ。ところが今回は言葉遊びや哲学めいた文章ではありながら根をおろすのがかなり早く、自分でもびっくり。

 

意識は植物に似ている。私はいつからかそんな風に思うようになり、植物に親近感をもつようになった。

 

(P15/L5~6より引用)

 

たった15ページでこの名文ですよ。そしてこの主人公ときたら「幼い頃から、私の意識ははっきりとした言葉をもっていた」そうで、「言葉にならないはずの曖昧な領域を見つけては、それを何と表すかを懸命に考えたものだった」と。そして極めつきがこれ。彼女は自分の意識を溜めるためだけに、思考を文字に起こし、物語を綴る。同族のにおいがプンプンするーっ!というわけで、根をおろすどころかあっというまに発芽しちゃったわけです、即。

 

言われてみれば、心理検査のひとつにはバウムテストなんてものもあって、たった1本の木を描くだけでじつにさまざまな個体差が表出します。パスカルも人間を「考える葦」と表現しましたし、人間の根源を探ろうとするとおのずと植物にたどりつくあたり、なるほど、地球の支配者は植物だという話(P44)もうなづけますね。

 

 


 

 

さて、雰囲気に則って表現するなら草を掻きわけるがごとく読み進めていきますと、劣悪な環境で植物のように生きてきた主人公・若宮波瑠花は、やがて学園の〈プラントハウス〉をたったひとりで管理し植物を統べるクラスメイトの蘇芳すおうキキに恋をします。

 

『根も葉もない』という言葉がありますね。それは言葉というもののありようから言ってもかなりおかしいのです。言の葉と書いて言葉なので、根も葉もないことは、言葉以前の何かになります。

 

(P39/L17~18,P40/L1より引用)

 

キキは言いますが、まして「世界」という言葉はなんと不完全なものでしょう。森羅万象をあらわす言葉ではありますが、実際のところ、私たちが「世界」だと思っているものは自分を中心としたとても小さな範囲じゃありませんか。そんな言葉の綾を痛感するほどに、恋する波瑠花の視野はせまく、危なっかしくて、目が離せない。

 

キキを好きだということと、女の子を好きだということが、私のなかでは結びつかない。性別で何かを考えたことがない。男が好きだとか女が好きだとか、ただ私はいまこの瞬間、キキのことしか考えていない。

 

(P121/L8~10より引用)

 

キキへの想いを自覚した波瑠花に最初にあらわれた変化が乳房の膨らみであったこと、また波瑠花に迫る担任であり化学教師の杉山の顔が「モナ・リザの視線」に喩えられたことから、このフェーズはやっぱり吉村旋の漫画『性別「モナリザ」の君へ。』を思いださずにはいられませんね。

 

社会を円滑にまわすにあたって性別という括りが必要であることは理解しています。ただ、少なくとも私にとっての「世界」はグラデーションのままでいいと思ってる。そのほうが、とても、きれいだから。あなたの「世界」ではどうですか?愛とは、定義の上にしか成り立たないのですか?

 

植物に囲まれて成長していく少女という点では上田早夕里『薫香のカナピウム』も親和性が高いです。

 

 

 


 

 

ここまでさも瑞々しい恋愛小説かのように語ってきましたけど、ところでこれ、ミステリー小説なんですよね。むせかえるほどに甘く狂おしい恋の最中、番組の途中ですが、クラスメイトが2人死にます。髭男爵の漫才かな?

 

\事情が変わった、つづけて!/

 

私は、スイカを食べるとき決まって母から「種まで食べるとおなかにスイカができちゃうよ」と脅かされて育ったんですよ。まさにそんな感じ。植物の侵入、寄生、やがて私自身が植物そのものになる……。第5章を読んだとき思いました。ああ、私もう戻れないんだ、って。

 

ミステリー小説としては、なんか、ヴォイニッチ手稿みたいだなとも思うんです。事態は収束しますけど、理解もできますけど、全員なに言ってるのかわからない。わけわかんなくて不気味。だけど、美しくてゾクゾクするの。なにもかも、すべての意図を解き明かしたいと思ってしまう。

 

解放とは、支配のこと。

 

(P169/L8より引用)

 

作中は哲学めいた言葉遊びが散見されるけれど、これを真似て言うならば、命と魂は似ているようで明確に違うものなのだなと。そんなふうに感じるラストでした。対になりうる作品として個人的には「ルイの9番目の人生」を挙げたい。うん、全然違う作品なんだけどね。だけどなんていうか、こう、言葉にしがたい部分がすごく似ていると私は思うんだ。

 

 

 


 

 

「彼女はかつて私に言った。意識がすべて完全に言葉に残されることが大事だってね」

 

(P12/L2より引用)

 

一個人の感想を提供することで読者の1人格となりブレインストーミングの代行・サポートをする。そうか、私がここでやろうとしていることはある意味、種が蒔かれ、根をおろし、やがては揺るぎない一部となっていく――植物の生命活動に似た行為なのかもしない。

 

ならば植物たちがキキへ語らうように、私もまた、管理者たる数多の本と言葉たちへこんなふうに語りかけよう。

 

私は、本と、言葉を愛している。

私たちはこれから先もずっと一緒だ、と。

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
小説を書いたり、読んだ小説についてあれこれ考察をするのが趣味です。雑食のつもりですが、ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれがち。小説の他に哲学、心理学、美術、異形や神話などの学術本も読みます。