今まで虚構を描いてきた。
初めて本当に思っていることを書きました。

 

書店で新刊を漁っているときにふと目に留まったのが帯に書かれたこの言葉で、それから、ただならぬ雰囲気の表紙、タイトル。麻枝准という作者は知らなかったけれど『CLANNAD』というゲームタイトルは方々で聞いていたので、知見を広げるため手にとってみたのですが……文字どおり、呆気にとられたとしか。

 

「譜面で見て弾いたらモノマネになってしまう。だからあくまで耳コピで弾くんだよ。そうすると、完全には一致せず、自分なりのオリジナリティが生まれる。それを繰り返し、フレーズの引き出しを増やしていくんだ」

 

(P121/L6より引用)

 

読み心地は、小説を読んでいるというよりも岸見一郎と古賀史健による共著『嫌われる勇気』や清水将吾『大いなる夜の物語』のような小説形式の自己啓発本あるいは哲学入門を読んでいるようでした。プロのクリエイターの中で熟成されたものなのでその問いかけは良質で、そういう意味では付箋を貼る機会も多かったです。

 

ただ、これを麻枝准という「作家」の「小説」として見た場合、現代日本を舞台にした物語で時椿と十郎丸の絆の”尊さ”を強調するために常識が崩壊したかのようなラストシーンを「作者の持ち味」として良しとする流れがあくまで小説として手にとった自分にはどうしても共感できず。このもやもやした気持ちはいくつか感想を読み漁る中で見つけたこちらの記事を読んでようやく、そういうものだったのだ、と折り合いをつけられたのでした。麻枝准やKeyを知らない私でも楽しめるいい記事でした。むしろ夏藤涼太さんの名前を知れたことが今回のインプットだったのかもしれない。

 

麻枝准『猫狩り族の長』感想と考察:麻枝准の作家性とKeyらしさの正体とは
http://donotlife.blog.jp/archives/1078935182.html

 

もちろん、既存のファンが楽しむための作品を新規開拓のつもりで買ってしまった私が悪い。悪いんだけど、作者についての知識を必要としないでも物語を楽しめるのがいい小説なのではないかと、少なくともこれに携わった出版社はそれを踏まえたアプローチをするべきだったのではないかと思いました。

 

表紙と、麻枝さんが納得してくれるのであればタイトルを変えよう。

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
読んだ小説の感想や考察を書いています。好きが高じて元小説家志望なので、一篇の物語のように心躍る記事が書ければ。ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれます。小説の他に哲学、美術、神話などの学術本も好きです。