20字以内で説明できる小説はいい小説なのだと聞いたことがある、と書かれているので、挑戦してみる。

 

好きなものをとても大切にしている人の話。

 

まさか本当に20字(ぴったり!)で収まるとは思わなかった。すげ。まぁ、これから感想に100倍ぐらいの文字数使うんですけどね。

 


 

筆名が「佐々木麦」なものだから、主にタイトル的な意味でずーっと気になっていて、1年経ってようやく読めました。ついでに電子書籍デビューです。

 

住野さんの小説は『よるのばけもの』しか読んだことがないので、いや、まず雰囲気に驚きました。

 

キムチ鍋は美味かった。お昼のラーメンのような初対面のドキドキはないが、また出会えたねという安らぎをくれる。

 

むこうがピアノ線だとしたらこっちなんてもうだるんだるんの毛糸。まるで緊張感がない。ただ、これはあくまで私の実体験だけど小説に求めるものって最初〈共感〉で(これは小中高生のとき宿題で強制的に読書感想文を書かされるのに由来するんだと思う)、大人になるにつれ〈気づき〉になっていくんですよね。小説を自分のほうに引きよせるんじゃなく、自分を小説のほうによせていくようになるというか。そういう用途でなら『麦本三歩の好きなもの』はちょうどいい。すごく。

 

あと、たぶんこの文章って自分が思考するときの言葉やテンポに似てるんですよね。思考の焦点があっちこっち移動したり、そこにまったく統一感がなかったり、急に謎のインタビューはじまったり。わかるぅ、さすが名前に「麦」入ってる同士。

 


 

とはいえね、『麦本三歩の好きなもの』の文体って小説としてはかなり軽めで、私もそういう意味では好きじゃないんですよ。おかしな先輩じゃないですけど。これを「大好き」って思えるようになったのは、やっぱりnoteをはじめたっていうのが大きい。

 

 

プロフィールに書いてるとおり私は好きが高じて元小説家志望だったもんで、今でも趣味で小説書いてて、どこかの誰かが救われる可能性が微レ存?という気持ちでnoteに作品を放流してるんですけど。『麦本三歩の好きなもの』の文体ってnoteユーザーの筆致に似てる。細かい種類はあれど水で、濃い味つけはないのだけど、自分の日常にするするつるつる浸透していく“必要な文章”というか。

 

自分が満足できるだけの文章なら自給自足できてしまうゆえに、本は別として、これまでは基本的に他人の文章にまったく興味がなかった。そんな自分がnoteを「読む」ことができるのはやっぱり心が誰かの“普通”や“日常”を求めているからで、思っている以上に、今のこの殺伐とした生活にストレスを抱えているのかもしれない。好きな人、モノ、コトがどんどん増えていく。今、とても楽しい。

 


 

一番好きなのは、「麦本三歩は君が好き」の章。急に雰囲気ガラリと変わる。ように見えて、やっぱり三歩は三歩のままで、それがたまらなく安心する。

 

恋とか、友情とか、関係なんてどうでもいいんです。三歩がいて、彼がいて、とにかく三歩は「君が好き」ということが重要なんですよ。このとき「君」というのはたぶん彼ではなくて、私たち読者を含めた、三歩の世界に干渉するすべての人間を指した言葉なんじゃないかと思う。それらに対して三歩ができることは少ない。それでも。

 

「どう変わってもいいよ。君がどれだけボロボロになっても、なんにもなくなっても、君が死んだとしても、君を好きなままの私が、少なくともいるから、安心して、生きてほしい」

 

ボロボロになっても、とか言うからボロボロに泣いてしまった。文字どおり。

 


 

麦本三歩という人は、衣食住をゆる~くしっかり尊重していて、そういうところ鈴森丹子作品的で私はすごく好き。

 

無意味な日々も、意味ある瞬間もどっちも大切で、それが一番いいということなんだとのんきに思う。

 

三歩のこういうマインドまんま彼氏なんだよなぁ。私自身、もともとそういう考えかたのできる人間が好きなんだろう。意味厨の自分にできないぶん。そういや、感想をメモしているとき「三歩って名前は、三歩進んで二歩下がる、確実に一歩は進んでいけるようにって意味でつけたのかもね」と言っていました。

 

「まぁ適当に言ったけど」

「え」

 

感心して損した。

 

丁寧な暮らし、という言葉を最近はよく聞くけど、「丁寧」というのは裁縫とか無添加とか、そういうことじゃないと思うんです。好きなことに対して誠心誠意、あるいは、全力でとりかかること。じつはただそれだけなんじゃないかと。だとすれば三歩の暮らしぶりはずぼらに見えてすごく「丁寧」で、しかも、それはあくまで三歩にマッチした「丁寧さ」だからいい。

 

このご時世、誰もが家にこもることで否が応にも常に「自分」を意識する時間が長くなっていて、こういうときに自分を肯定できる人はやっぱり強い。三歩はそういうあたりまえでささやかなことを気づかせてくれる存在だと思う。停電だってときに、くだらねーと思いつつ「てーへんだ」って笑えるゆとりが私も欲しい。そういう意味での「ゆとり世代」になら進んでなりたい。三歩だけに。

 

今はいろんな物事のシステムが変わろうとしていて、こんなときだからこそ読んでおきたい。これが料理本だったらきっと「基本のキ」ってついているような。そういう、シンプルでやさしい小説でした。これから何度も、大切に読んでいきたいです。

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
小説を書いたり、読んだ小説についてあれこれ考察をするのが趣味です。雑食のつもりですが、ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれがち。小説の他に哲学、心理学、美術、異形や神話などの学術本も読みます。