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三萩せんや『神さまのいる書店 まほろばの夏』を読みました。以前書店の平積みで最新刊を見かけたことがあって気にはなっていた作品、あるとき偶然にもその第1作目を文庫で見つけたのでとうとう購入。ライトノベルとかキャラクター小説の類なのかなぁと軽い気持ちで読みはじめたはずが本を閉じたときにはすっかり目頭が熱くなっていました。

 

 

 

本に恩返しは、できる。

本好きの高校2年生、紙山ヨミは、司書教諭のノリコから、夏休みの間バイトをしないかと、とある本屋を紹介される。さきみたま市の裏道通り三番地にあるその書店の名は「まほろば屋書店」――なんと、魂の宿る生きた本「まほろ本」を扱っている、世にも不思議な書店だった。ヨミはそこでまほろ本の「中の人」サクヤと出会い――?暖かな筆致で「生きた本」を描き出す、瑞々しい書店ファンタジー!

 

出典:https://www.kadokawa.co.jp/product/321805000203/

主人公は高校生だけどそれより下めに読者のターゲット層絞っているのかな、文体はやわらかめで、角川書店系列小説の個人的なイメージどおりの雰囲気。不器用なだけで本当はピュアで優しいサクヤのキャラクター性だったり、そんな彼との本を介した奥ゆかしくかわいらしい最高に萌える2人のコミュニケーション、あとは本好きのための物語という点においても望月麻衣『京洛の森のアリス』に通じるものがありますね。あれ文春文庫だけど。

 

 

なにより、冒頭の「本と友達になれるなんて、とっても素敵なことだと思わない?」に象徴される〈まほろ本〉という設定が灯台下暗し的な、なんともうれしい衝撃を与えてくれます。中学1年生という転機のタイミングも相まって、ヨミはまるで私そのもの(私も小説を読みだしたのは中学1年生の頃からでした)。「本に恩返しがしたい」それはこちらからの一方的な想いだと思ってた。だけど、

 

「君も、また、いい読者に会いたいと思わない?」

 

(P216/L12より引用)

 

そんなもどかしさを、〈まほろ本〉という存在は優しくあたたかく否定してくれる。泣くしかない

 

 

 

本を「大切に読む」とはどういうことだろう

また、本の破損・補修もひとつのキーワードとなっており、読書家の中でもさらに本そのものを大切に扱う「愛書家」的な視点で描かれる物語はそういった部分でも興味深く、参考になるし、おもしろかったです。

 

本の傍らでウサギがしきりに片方の耳を気にしていた。耳の先が欠けている。本の破損部分が、そのまま姿にも怪我として現れてしまうようだった。

 

(P49/L14~16より引用)

 

ドッグイヤーした部分がちぎれてしまったという〈まほろ本〉が出てきたときには日頃の自分の読書行為をふりかえってさすがに心が痛みました。付箋はこういうときに有用だけど私の場合は本は電車とか風呂とかで読むことが多いものだから即行性がなくてなぁ。それに、購入した本のページを折るのは自分の中では「出会ってくれてありがとう、これからもたくさん読んで使っていくからどうぞよろしくね」という挨拶とか感謝を兼ねているから譲れないところでもある。

 

最近、ちょうど小説に直接傍線を書きこむことも検討していたんですよね。あと蔵書印。だけど、作者あとがきにもあるように私が「認識できないだけ」でもしもここにある本たちもまた〈まほろ本〉だったら、尊ぶがゆえとはいえ「読む」ではなく「使う」行為は、嫌われちゃうかな。……本とのつきあいかた・むきあいかたは読書家にとって永遠のテーマのひとつですね。考えさせられます。

 

 

 

本を信じ 人に信じられ

本書を読んでいる時期、幸運にもたまたま「マイ・ブックショップ」という映画を観たのですが、これがまた本好きにはマストな最高の映画で。亡き夫との夢であった書店をオープンした主人公・フローレンスの奮闘を追いながら、劇中、書店というのもまた信用で成立している商売なんだなぁと考えていました。

 

劇中ブランディッシュ氏も言っていましたが、「あなたが選んだ本だから」読んでみようという店と客の信頼関係の中を本はわたります。そして、本書もまた主人公・ヨミと〈まほろ本〉たちを通した、こちらは人間と本との信頼関係の物語でもありますね。

 

けれど、傷つくのはヨミの心だけではない。ヨミの拒絶が傷つける心もある。そのことに、ヨミは気づいた。

 

(P150/L12~13より引用)

 

以前Twitterで「本が好き」で「雨が好き」なのが読書家で「本が好き」で「雨が嫌い」なのが愛書家だというツイートを見かけて、胸がときめきました。本とのつきあいかた・むきあいかたは人それぞれ千差万別。だけど、ヨミとフミカの傍目にはもどかしい友情関係のように、私たちがまず本を信じなければきっとどんな信頼関係もはじまらない。

 

最近、ひょんなことから4年目にしてようやくこのブログの方向性というものが見えてきました。どんな解釈も否定せず、言葉ひとつでどんなことでも教えてくれる小説。その優しさを私は信じよう。誠意を形にしつづけよう。――それがいつか「あなたが選んだ本だから」という信用につながって、本書のように、願わくば誰かと小説との信頼関係のささやかなきっかけになれますように。

 

この不思議な書店にいる、神さまのように。

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
小説を書いたり、読んだ小説についてあれこれ考察をするのが趣味です。雑食のつもりですが、ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれがち。小説の他に哲学、心理学、美術、異形や神話などの学術本も読みます。