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ちょっと前のおはなしになりますが、
現在も火星に水があるなんてニュースがありました。

 

ああいう報道を見るたびに思うのですが、
火星に水があって空気があって人が住める環境で…。
もしそうだったら人類は火星に移住するつもりなのですか?

 

移住するつもりだとして、
そのとき動物や植物はどうするのでしょう。
益のあるものとそうでないものを選別して、
益のないものは地球に置いていくのでしょうか。

 

人間が住めなくした地球に?
人間が滅ぼした地球で一緒に滅んでいく?

 

将来火星に移住が可能になったら、
人間は火星もダメにしてしまったりして。

 

今回は火星を舞台にしたおはなし。
宮内悠介氏『エクソダス症候群』を読了しました。

 

 

 

***

 

近未来の地球。
充分すぎるテクノロジー、薬、医療従事者により、
精神疾患はすべてがコントロール下に置かれた。
躁鬱が、統合失調症が、神経症は今滅びつつある。

 

自殺率は、それでいて、減るどころか増える一方だ。

 

〈突発性希死念慮〉という病で恋人を亡くしたカズキは、
地球の大学病院を追われ火星の精神病院に着任する。
そこは、薬もベッドもスタッフも不足した過酷な開拓地。

 

カズキの着任と共に、
隠されていたこの病院の“過去”がふたたび動きだした。
父がかつて勤務していたこの場所で何があったのか――。

 

舞台は火星開拓地。
テーマは精神医療史。

 

過去と未来、そして今の、精神医療とは。

 

***

 

 

 

もともと心理学とか精神医療に興味がありまして、
火星と医療という組みあわせが気になって読みました。
ただでさえSFはまだまだ苦手なのに精神医療史かと、
読了できるか心配しながらおそるおそる読みましたが。

 

扱っている舞台やテーマは難しいはずなのに、
文章は乾いた感じで意外とサクサク読めます。

 

ストーリーもただ医療史を物語仕立てに綴るだけでなく、
ミステリー要素があったり主人公・カズキの成長もあり、
内容・見所は個人的にはたくさんあったように思います。

 

心を扱うゆえに診断の難しい症状。
過酷な労働環境ゆえに起きてしまった騒動。
こういったおはなしは現代医療にもありそうです。

 

そして綴られている精神医療史もまた、
知識・経験のなかった時代だからこその残酷さがあり、
読んでいて思わず苦い顔をしてしまう場面もありました。

 

以前知念実希人氏の『スフィアの死天使』を読みましたが
あちらと通じるテーマがあったのでテイストは違いますが
合わせて読むとより内容が理解できるかもしれませんよ!

 

カズキの着任によって動きだしたある“過去”。
これにはちょっぴり共感してしまう部分もあります。
精神的な病ってそれぞれの苦しみがあるわけで…。
実際になってみないとわからないこともありますからね。

 

 

 

このあいだ某まとめサイトで、
人間にはどうして痛覚があるのか?
というようなものを見かけたんですよ。

 

「痛みを感じない人間は、
他者の痛みを感じることが難しい」

 

これが答えなんだな、と、思いました。

 

『無感無痛[無痛少女]』というフリーゲームがありまして。
ホラー系なので私は実況動画で少し見ただけなのですが
〈痛みを感じない〉ということを考えたい方はそちらもぜひ。

 

 

 

初めて知ったことの1つに、
〈文化結合症候群〉というものがありました。

 

たとえば、
対人恐怖症は日本特有の病気なんだそうです。
うつ病の概念がない文化圏もあるそうなのです。

 

〈文化結合症候群〉というのは、
こうした地域や文化に限定した精神疾患のこと。

 

文化・社会が生みだした精神疾患というのは、
たとえば国を移るとか社会そのものが変わるとか
そういう規模で考えないと完全な治癒はなさそう。

 

薬ができるのはあくまで表に出る症状のサポートだし、
内面的な問題の解決は自分の意識の仕方ですもん。

 

変えるにはそれまでと違った経験を重ねなければならず、
そういった経験を多く積むにはそういう環境がまた必要で。
それをこれまでと同じ環境でやっていくのは難しいです…。

 

かといって、
みんながみんなそういう人々を理解してくれるかというと、
きっとそうでもないのが現実なのでしょう(経験談です)。

 

「(略)何かことが起きるたびに、挫けて、悩み、
そしてまた立ち直る。とすれば、そこにあるのは、
この惑星のテラフォーミングのような、
終わりのない先の見えない過程です。
あるいは、そうと気づかずに悪を働くこともあるはずです。
……でも、わたしはそれでいいように思うのです」

 

 

 

結末について、
「あっさりと終わった」「煮え切らない」「大きな衝撃はない」
というような感想もあとでネットでいくつか見かけたのですが
個人的にはこのような終わりかたで良かったと思っています。

 

SFや物語として見たときには少々惜しいですが、
医療という現実をまっこうから見つめたときには、
こういう描きかたしかなかったように私も思うのです。

 

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Writer
佐々木 麦 Sasaki Mugi
小説を書いたり、読んだ小説についてあれこれ考察をするのが趣味です。雑食のつもりですが、ユニークな設定やしっかりとテーマがある小説に惹かれがち。小説の他に哲学、心理学、美術、異形や神話などの学術本も読みます。